2009年 05月 19日

世襲政治への覚書

最近は政治に対する関心をすっかり失ってしまった。マンネリ化したルーチンワークのような儀式行為、
偶に世間の耳目を集める仕業とて飲み屋街の酔漢もどきの醜態か互いに敵手の落ち度に付け込む
揚げ足取りとあっては注視にも値せぬ。
三月の「ニューズウィーク誌」に「頭のない東京」という見出しで、「日本はビジネス、文化、テクノロジーの
主要勢力なのに」、政治は三流で「バナナ共和国のように運営されている」とおちょくった記事が載せられた
そうだ。表題「頭のない東京」は、果たして思考回路を経由せずに、延髄反応だけで喋っているような軽薄
を擬人化したわが宰相に対する隠喩だろうか。
尤も、政治を運営しているのは宰相一人ではない、、与野党を含めた多くの世襲議員で構成される世襲
国会と閨閥・血族で固められた一群の高級官僚の集団だ。

世襲制と血族支配を根幹とする幕藩体制でさえ、幕末の政治的危機に対処するに積極的に養子制を取り
入れ、かつは下級官吏の抜擢に意を注いだと言うに、いまや国会議員職はますます世襲化・家業化し
参照)、その恥ずかしさの余り自ら「国会議員の世襲制限案」さえ浮上するという体たらくは、もしかして
自民党政権が崩壊するかもしれぬという”政治的危機前夜”とも思えない。


この不思議な「安定感」、われわれ庶民の側から見れば厭きれた閉塞感はいったい何なのだろう??
日本の記事を滅多に取り上げることのないエコノミスト誌が、5/16号で政権交代の可能性について論評した
そうだ(「経験不足の日本の野党」参照)。記事は、この奇妙な「安定感」の根底にはある種の世襲制がある
ことを指摘している(と、僕は読み取った)。

岡田氏は、自民党の政治家一族の間で多く見られる世襲の慣例に対し、これを制限することを公約に掲げ、
敵の痛いところを突いている。
麻生内閣の実に半数以上が世襲政治家なのだ。
だとしても、民主党が汚れた過去からの決別をもたらすとは言えない。以前、自民党からの政権奪取を狙っ
ていた社会党と同様に、民主党も往々にして精彩を欠く野党だ。
実際、民主党議員の多くは社会党出身だ。そのほか、鳩山、岡田両氏を含むその他の議員は自民党出身
である。鳩山氏の弟は現内閣に入閣している。鳩山氏の祖父、鳩山一郎は初代自民党総裁であり、戦後
日本で最も有名な首相である吉田茂の最大のライバルでもあった。
吉田首相は麻生首相の祖父であり、この夏の総選挙は一族同士の対決という図式になるかもしれない。
さらに、鳩山、岡田両氏の政治キャリアも、自らの一族が持つ巨額の資産に支えられてきた背景があり、
これも多くの自民党議員と共通している。変われば変わるほど、同じものになっていくわけだ
小沢氏が去った今、自民党には、元首相やメディアの有力者といった実力者たちから、選挙後の民主党との
「大連立」を提案せよとの圧力が強まるだろう。何しろ、多くの人は長い間、民主党のことを、自民党を飛び
出した同党の一派閥にすぎないと見なしてきた。
一方で、進歩的な自民党党員は民主党への鞍替えを思案している。


要するに、一言で言えば「変わっても、変わらない」と見ているわけだ。

世襲制に関連して、もうひとつ、日経ビジネスONLINE(09/05/18号、参照)に「恥ずべき日本の血統主義」
という記事が載っている。
5月16日午後、民主党議員は鳩山由紀夫氏を党首に選んだ。これで自民党と民主党の党首それぞれが、
60年前に日本の戦後政治を牽引した吉田茂、鳩山一郎の孫ということになった。“名門”が“一般人”を退け、
政党の顔になるとは、パキスタンやインドネシア、インドの政治を思い出させる

という書き出しで始まって、
名門に「ノー」と言い、資質と努力、才知でリーダーを選ぶ政治のメカニズムが欲しいものだ。しかし、国民が
チャレンジを望まない限り、それは程遠いのではないか。

という結語で終わっている。

僕は、天皇という究極の仮想化された「血統種」を国家組織の根底に置くことによって安定を確保している
(その良し悪しは別として)日本の政治システムそのものが世襲制回帰の原点にあるとみなしている。
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by agsanissi | 2009-05-19 22:16 | ミミズの寝言


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