2009年 09月 14日

都市近郊農業の試み

「農のある風景」というこの作業日誌の表題は、
「農」が、日本の、というより国土の原風景であり、「農」を失えば、それは同時に国土の喪失にも等しいと
考えるという思いの現われだ。而して、敢えて声高に主張せず、そっと静かに、あたかも自然の一点景の
ように、風景に溶け込む様に生きたいという願いでもある。
それは、日本の風景の中に「農」という生き方を残したいという消極的思想と「農」を捨てれば我々は日本
の社会・文化の礎を喪失することに等しいという積極的思想の表明でもある。といって稲作文化が、日本
文化の基底だといった矮小化された考え方とは無縁だ。(07/07/22、「日本人は稲作農耕民か」参照

もちろん僕は、「農本主義者」ではない。だがしかし、第一次大戦後に独占資本主義が急速に発展し都市
の急激な発展と膨張の中で、農村からの人口流出と農村の疲弊が広がると共に、農業・農民・農村こそが
日本の社会体制の「基軸」だとする「農本主義」運動が、かつて日本にあったことを反省するに如くはない。
いまや日本の「農」は、国土の数%、労働人口の数%、国民総生産に至っては実質マイナス数%の現実を
前に、「基軸」どころか、その葬送の詩さえ聴き取れぬ呟きにも等しい。

いまや「農」は、その役割を終えたのだろうか?
かつて工業は、農村から生まれ、農業によって育まれた。世界史的に見てそうだ。やがて独自の動力源を
利用する技術を獲得すると共に、工業は農業から相対的に独立し、工業と農業は著しい跛行的発展を
遂げた。その結果、農業は工業に従属し、農業人口は工業人口の供給源となり、農村は都市に依存し、
世界の農業地帯は世界の工業地帯に従属させられた。
人は、このような現実を前に思想の倒錯を引き起こす。幻影こそ現実であり、現実こそ幻影であるかの
ような。あたかも生産工業に対して著しい跛行的発展を遂げた金融資本こそが富の源泉であり、富の創造的
発展の賜物であるかのようなバブルの幻影に溺れたように。

生命は土によって育まれ、土に返っていく。仮に「農」という営みを植物生産を通して太陽エネルギーを
利用する技術との本質的意味合いで考えれば、人は「農」なくしては生きられない。生化学的には光合成能
をもつ独立栄養の植物に対して、人間を含む動物は植物に栄養補給を依存する従属栄養生物だから。
というわけで工業がどんなに発展しようと、工業的に植物生産が出来ないように(「植物工場」で「食物は生産
されている」などと誤解しないように。一粒のタネも工業的には生産できない)、「農」なくしては人間生活は
成り立たない。(「農」にとって、土が本質的意味合いが有るかどうかについて関心のある方は、「講読の部屋」
の「土壌・肥料学の基礎」参照の1.土壌の概念及び3.土壌の物理的性質の中の【脱線】あたりを読んで
頂ければ幸い)

と、ここまで書いてきて、ほんの十数年前には、否、五年前でも宜しい。こんな話も「引かれ者の小唄」の
ようにしか聞かれなかったが、いまではもっと素直に(あるいは直截に)受け入れられるのかなとの感慨を、
ふと抱いた。(参照
70年代から90年代にかけて、農業・農村は、工業労働力の供給源としても枯渇し、安い食糧供給基地と
しての意義も低下し、農業労働力の高齢化と共に、高度経済社会の単なるお荷物のごとく扱われ、とりわけ
都市農業は地価上昇を当て込んだ擬態の如く疎まれ、国家の補助金政策にのみ依存して、かつかつ社会的
再生産を維持する寄生階級の如くに見なされてきた。
グローバリゼーションの進展は、洪水のような安い食糧品輸入を促進し、国内農業の基盤を益々狭隘化し、
「日本で農業で営む」行為は世界一高い地代と世界一高い賃金をコストに、極度に付加価値の低い農産物を
生産する反動的アナクロニズムの如く見なされた。

だが時代の風潮は、いまや変わったようだ。何がどう変わったのか?
それを、ここで僕が論うのは、敢えて止めよう。何年かをかけて考えていけばよい!

戦後、自民党政権が掲げ、我々自身が支持してきたいき方を変えなければならないという、かなり深刻な
転換を遂げようとしているのかも知れない。

しかし僕は、世の中を一色に染め上げるような生き方は嫌いだ。
多様な形態が、その多様な形態のまま、互いに依存し、連携し、支えあい、各々の存在価値を認め合う
かたちで並存しうる、大小さまざまな動植物が各々の生活圏の中で生活し、自然の循環を形作っている
森のような営みが良い。
阿呆な役人的発想で、生産性の向上のみを唯一の価値ある生き方のように一色に染め上げ、「経営所得
安定対策」の鋳型の中に流し込もうなどという発想は、一場のお笑いに過ぎない。

僕は都会を捨てた。周辺を己の姿に似せて、一色に染め上げていく「都会」的生き方が息苦しく、そんな
生き方は御免だと思って都会を捨てた。
しかし都市か農村か、工業か農業か、あれかこれかという選別的選択ではなく、都市と農村の対立を止揚し、
工業と農業の対立を止揚し、新しい原理に立った生き方を模索していくには、「都市近郊農業の試み」こそ
貴重な灯火かもしれないとも考えている。

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そんな思いで、かつてこの日誌で(05/02/20、参照
「都市近郊農業の試み」を書いたことがある。
また「都市近郊農業」(参照)の中で「糧工房」を紹介したこともある。
その「糧工房」を拠点にした
「都市近郊農業」の独特な困難を抱えた試みの記録が
一冊の本(参照)にまとめられた。

ブームとは無縁の愚直な試みの記録が、この戦後の
大きな転換期の中で出版されることも、新たな胎動へ
の予兆なのかもしれない。

糧工房のブログ「雨読晴耕村舎の日々の覚書」(参照
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by agsanissi | 2009-09-14 00:07 | 考える&学ぶ


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