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2009年 09月 18日

足元にある「脱官僚依存」の落し穴

JBpress09/09/17号にオバマ「勝負演説」の罠と鳩山政権の限界と題する記事が載っている(参照)。
筆者は、谷口智彦氏、日経ビジネス誌主任編集委員などを経て2005年8月~2008年7月外務省外務
副報道官
などを勤めた方だ。大臣・政治家のスピーチライトの内情に詳しい方と見てよい。

古来、弁舌ひとつで一軍隊にも匹敵する力を発揮し、国を動かす迫力を発揮した名演説がある。
ルビコン河を前にしたシーザー、ピラミッドを背にしたナポレオン、装甲車上のレーニン、ヒットラーへの
戦いを挑むチャーチルの国会演説、傷心の国民の心を揺さぶるケネディの就任演説。
大統領候補に名前が出るか出ないか、そんな時期からオバマの演説には弁舌一本で「米国民の心」を
鷲掴みにしようとする迫力があった。
谷口氏の論考は、「演説」というものを通して、「鳩山政権の限界」を探ろうとするものだ。

論考のポイントを摘記すると、
・9月9日、米国東部時間のプライムタイムを選んで連邦上下両院合同会議を開かせたオバマ氏は、慣例
破りのスピーチをしに出かけた。
大統領が議会に出向いて演説をするのは年頭教書の時だけだというのが、長年のしきたりである。これを
破ったオバマ氏は、医療保険改革を巡る出口の見えない膠着を、弁舌一本で打破しようとの心算だった。
・聞き終えた議員連は、ヤツはエラいと、ゴリゴリ共和党ですら言っただろう。
言わざるを得なくさせた力とは、文字通り「敵千万といえども我行かん」のその、乗り込み方それ自体にあっ
た。自分の言葉と迫力で相手を圧伏し尽くそうとする勝負の挑み方と、それができると信じる自信ならびに
自恃の強さにあった。
・翻って東京の環境である。オバマ並みの芝居を打てる役者は、あれは世界中探してもそう居ないから、
わが国に求めるのはないものねだりになる。
それならスピーチは、誰が書くのか? 専門的職能を発揮するスピーチライターは、いま現在の東京に存在
しない。どっかにいるだろうと思われるかもしれないが、本当に、1人もいない。
・早い話、総理は国会答弁を誰に書かせるのか? 行政の長として、各省庁の実務を踏まえた答弁になら
ざるを得ないはずで、放っておけば今までどおり、役所の官房総務課がまとめてきたゴチック体縦書き、
定型文の応答要領
に依らざるを得ぬハメになる。
・勢い総理以下大臣は無主語の文章を伝えるマウスピースとなり、積もり積もっては、自分で考えるクセを
失う。「おい、発言要領(一方的に言うための原稿)は?」、「応答要領(想定問答)はないのか?」と、役人に紙を
持ってこさせるだけに終わるなら、官僚支配の打破どころではない。進んで洗脳してくれと言っているような話
になる。福島瑞穂氏などがどうするか、お手並み拝見である。
・言葉に力を持たせるとともに、政策の平板を排し、大局に沿った方向でメリハリをつけていくことをその都度
いちいち、徹底的にやるくらいの心構えと、大臣ないし総理の意向をていした権限の集中が必要になる。
そのため必要な人材として役人に睨みが利き、政党マーケティング的見地からする広報上の勘もそこそこ
利くような人は、そこらに転がっているのなら、ぜひお会いしてみたい。


枝葉末節にこだわり、新政権の発足に難癖をつける愚論などと決め付けてはならない。
大臣の顔ぶれを報じ、公約実現に「全員野球の布陣」などと浮かれている場合ではない。
洪水のように押し寄せるルーチンワークの中から、真に重要な戦略的ポイントをつかみ出し、国民の心を
揺さぶり政策実現への共感を獲得するには(「この国を本当の意味での国民主権の世の中」に変えていく
には、国民を政治の「客体」に留めていては駄目だ。国民を政治の「主体」に変える覚悟と制度的革命が
不可欠だ)官僚に依存しない、独自の政策スタッフ集団(それが新たな「官僚」システムになりあがらない
ようにするには、どうすれば良いか?)を育てる必要があるからだ。果たして、その準備と体制はあるのか。
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by agsanissi | 2009-09-18 05:54 | ミミズの寝言


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