2011年 01月 10日

日々雑纂

・妻が、買い物をしてみると「果物・野菜類が一番高くて、肉類のほうがずっと安い」と話していた。グラム単価でいえば、そうでもない
だろうけれど、感覚的にはそうなのだろうし、カロリー単価で考えれば、確かにそうだろう。「肉は、ほぼ完全な工業製品だけれど、
野菜・果物は半ば採集経済だからね。野菜工場が一般化されれば、工業化された野菜製品は今より安くなるけれど、当初は創業者
利得が付加されるから、他よりちょっと安い程度だね」と僕。
・「所得階層別の糖尿病罹患率」の統計調査があるかどうか、まだ調べてないけれど、アメリカでは低所得階層ほど肥満率が高い
とは、相当前から話題になっている。手っ取り早く満腹感を味わうには脂肪分の高いファーストフードが一番だし、街にはそんなものが
溢れている。
・手頃なサイトを検索してみた。「Medical News Japan」の「韓国:メタボ激増中」(参照)という記事に、
韓国社会で今、低所得層の肥満が深刻な問題となっている。「肥満」というと、よく生活が豊かな人の占有物のように考えられがちだが、
女性や子供の場合、肥満人口は低所得層に多いというのが現実だ。
全国の約1万2000世帯を対象に行った国民健康栄養調査(2005年)を深層分析した結果によれば、月収100万ウォン以下の世帯
での女性の肥満率は35.4%で、全階層中最も高い割合を示した。この階層では女性の3人に一人が肥満ということになる。...
反対に男性の場合は、所得水準による肥満率の差はほとんどない。...
こうした現象は米国でも同様で、低所得層の肥満は女性に関して際立っている。2000年の米国国民健康栄養調査によれば(米国の
肥満基準はBMI30以上)、女性の場合、低所得層で肥満率37.8%、高所得層で肥満率29.9%。一方男性の場合は、中間層の
肥満率が最も高く、次いで低所得層、高所得層の順だった。

・肥満は、即糖尿病ではないけれど、糖尿病の因子になりうるし、肥満と糖尿病は並行して増加しているから低所得層ほど糖尿病
罹患率が高いとはいえるかも知れない。
・僕は百姓だし、普代に居れば漁業の町だから、野菜も魚も海藻も、それこそ「捨てるほど」集まってくるから、ほとんど買い物をする
ことがないけれど、街では週に何度も買い物をしなければならなし、その都度、あれが安い、これが高いと物色しなければならない
から容易じゃないなと思うと同時に、肥満や糖尿病が「生活習慣病」「文明病」だという意味には、単なる生活習慣という以上に深い
本質的・文明的意味合いがあるのじゃないという気がする。皆んなが僕のような生活をしていちゃ、それこそ工業社会・消費社会は
活性化しないからな。
・「人口から読む日本の歴史」に、江戸時代後半の人口停滞を分析して、かなり大きな地域間格差があり、増加しているところと減少
しているところがあって、平均値として「停滞」しているように見えるだけだということが指摘してある。なかでも北関東、南関東、畿内
及びその周辺などの江戸、大阪、京都のような大都市を抱える地域は、(飢饉や災害のない)平常年でも人口増加率が低いとのこと。
当時の都市は死亡率が高く、出生率が低いため、都市内部では人口を再生産できず、人口を維持するためには農村からの不断の
人口流入を必要とした。「都市は、人を喰う蟻地獄のようなものであった」(104.p)との指摘は鮮烈だ。
・「都市化」は、文明の象徴のように云われるけれど、そしてそれは否定出来ない一面ではあるけれど、物事は極端にまで進めば、
必ず反対物に転化するというのも歴史的・経験的事実ではないだろうか。
・「昭和16年夏の敗戦」を読む。急なブームにでもなっているのか図書館では「予約」が31件も入っていて、著作集8巻のほうで
借りた。こっちは出版社がつけたのか、著者の発案か知らぬが「日本人はなぜ戦争をしたか」という本題で、副題に「昭和16年夏の
敗戦」とある。要するに開戦直前、内閣直属の「内閣総力戦研究所」の模擬内閣でのシュミレーションの結果、緒戦で勝利しても、
戦争は長期戦となり、物量において不利な日本は敗れるとの結論に至った。その内容は、東條首相も熟知していた。研究所の設立
からシュミレーションの過程を丹念に掘り起こした内容だ。前に書いた(11/01/03)「秋丸機関の全貌」と、ほぼ類似の内容で、類似の
複数の研究が並行して進められていたことが分かる。相反する結論ではなく、同一の結論を指示していたことが興味深い。つんぼ桟敷に
置かれた国民の多くはいざ知らず、少なくともトップクラスの指導者層には「物量においてとても長期戦は戦えない」とは、充分に分かって
いた。だからこそ真珠湾攻撃という奇策に出た。
・この本の問いかけは、なぜ「負ける」と分かっていたのに「日本人はなぜ戦争をしたか」ということになる。事実を知らされなかった国民は
指導者層によって、「戦争に引きずり込まれた」ということになるのだろうか?「徳富蘇峰終戦後日記」を見れば、事実はそれほど単純で
はないと分かる。そもそも、僕は指導層と国民を、必ずしも加害者・被害者と分けて考える二分法は取らない。
・この本の解題の一つに「現実から目を背ける意思決定の恐ろしさ」というのがある。そもそも、政治家が、どれほど「現実」を直視して
意思決定をしているか?と考えると、「世界史は愚行に満ちている」と喝破したバーバラ・タックマンの「愚行の世界史」という著書が
すぐに浮かばざるを得ない。
・しかも戦前は、明治憲法のもと、統治権と執行権は完全に二分されていたのだから、事態は一段と複雑だ。
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by agsanissi | 2011-01-10 08:50 | 日々雑纂


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