2011年 01月 21日

日々雑纂

・昨日の「The China Study」の糖質制限食の記事に関連して
・「ドクター江部の糖尿病徒然日記」に「米国糖尿病食事療法の変遷」(参照)という記事が載っている。1900年代初期から最近までの
糖質制限食の変遷が載っている。興味深いポイントを紹介しておくと、
・糖尿病学の父と呼ばれるジョスリン博士が執筆された「ジョスリン糖尿病学」の初版は1916年出版ですが、炭水化物は総摂取カロリーの
20%が標準
と記載してあります。
・(その後、インスリンが抽出され)インスリンを注射しておけば糖質を摂取しても血糖値が上昇しないことが、徐々に周知されるようになりました。
その結果、正常人なみに糖質を食べても、インスリンさえ打っておけばいいという流れとなっていき、米国糖尿人の糖質摂取量は徐々に増えて
いきました。
・1950年のガイドラインでは炭水化物40%を推奨。
1971年のガイドラインでは炭水化物45%に増えました。
1986年のガイドラインでさらに炭水化物60%と増加。
1994年のガイドラインでは、総摂取カロリーに対してタンパク質10~20%という規定がありますが、炭水化物・脂質の規定はなくなりました。
・2007年以前の栄養勧告では、全て低糖質食に否定的な見解でした。
・現在米国では
①従来のカロリー制限食(糖質60%)→日本糖尿病学会推奨の糖尿病食と同じ
②糖質管理食(糖質の摂取量を計算し、インスリンの量を決めるなどに役立つ)
③地中海食(オリーブオイルたっぷりで脂質が多い)
④低糖質食(糖質制限食)、の4つの選択肢があります。

④は、バーンスタイン医師の推奨する、糖質摂取を「朝6g、昼12g、夕12g」
という厳しいパターン(糖質が総摂取カロリーの10%以下)と
総摂取カロリーの40%ていどが糖質という緩いパターンまで幅があります。
(下線や強調は引用者=僕のもの)

・「食事と運動療法だけで血糖値は管理できる」というと、本は売れても、そんなことでは医薬・医療産業は繁栄しないし、新薬開発に結び
つかなければ糖尿病の研究さえおぼつかない。だから(と言って良いかどうか)「糖尿病治療ガイド」には、食事と運動療法が基本だとは
書いてあるけれど、(医者の)糖尿病治療は血糖降下剤やインスリンの処方を前提にしている。プラス「食事・運動療法」ということになる。
・仮に「糖質が総摂取カロリーの10%以下」+「かなりの運動量」を前提に、血糖降下剤を併用すれば、相当の重症患者でなければ低血糖
の危険がある(と、僕自身の経験でわかる)。急性では高血糖より低血糖のほうが危険があるし、昔は、血糖降下剤やインスリンによる
(低血糖の)死亡例がかなりあった。そんな経緯を考えると、一般にあまり厳しい糖質制限を課さない理由もうなずける。
・僕のように、病院の世話になるのは3ヶ月に一度の血液検査だけ。「他は薬剤も何もなし」となると、運動を前提にHgA1cを適正値まで
下げるには、どの程度「糖質を制限すればよいか」という考え方に、自ずからなる。ところで適正値を5.2以下とするか、4.8~5.3とするか、
それとも食後2時間値の血糖値で判断するのが良いか??(空腹時血糖値は合併症予防の立場からは当てにならないな。)

・「40年周期」説からいうと、後半の40年のうち六割が過ぎた。戦前を振り返ってみると日露戦争から26年というと満州事変の年だ。それ以前
は(第一次大戦の)戦後恐慌、震災に伴う震災手形の乱発、金融恐慌、世界恐慌と経済的激動が続いたが、後半の14年は軍事的・政治的
激動に揺れた
。前半の経済的激動に対する政治的対応の無能ぶり(与野党間の足の引っ張り合いと醜い党派争い)に対する怒りが軍部への
国民的期待を高め、中堅幹部の独断専行をよしとする空気を醸成した。アナロジーがそのまま通用するとは思わないけれど、比べると現在の
政治は「気の抜けたビール」のような眠気を誘う。嵐の前の静けさ??国民的輿望を担いうる勢力はないけれど.....。
・「フーシェ革命暦」Ⅲ巻は、バスティーユ襲撃からルイ16世のパリ逃亡までを扱っている。主人公のフーシェその人はオラトリオ派修道院の
付属学院の物理化学の教師を止めて国政に打って出ようか決意したばかり。その華麗な転身の第一歩を踏み出そうかどうかというところで
終わっている。この時期のフランスにも、J・リードの「世界をゆるがした10日間」を読んでも、文久年間の幕末の歴史を調べても、ゴルバチョフ
末期のソ連をみても社会の根底から沸き立つような変革の嵐が吹いている。余程けちな風だとしても、民主党政権の前夜にはそんな風が
感じられた。「そろそろですね。世代的な転換と、価値観の転換を起こすべきときは」と中川氏は言うものの(「そうあるべき」というベキ論として
は同意するものの)、なにか独りよがりの力みを感じる。尤も、このくらいでないと政治家など、阿呆臭くてやってられないけれど....。
・所詮は「政界・官界」というコップの中の変化に過ぎない。地方への抜本的な権限の移譲を前提とした政治・経済・外交・軍事の根本的
転換をはかる気概を持たなければ戦後の制度疲労が骨の髄まで染み込んでいるような気がする。
・代謝異常ゆえに「糖尿病による高血糖の影響を逃れる身体の組織はたぶん一つもない」(「バーンスタイン博士の糖尿病の解決」47.p)のと
同じように、制度疲労は政界・官界のみならず、社会の隅々まで行き渡っているかのようだ。
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by agsanissi | 2011-01-21 08:49 | 日々雑纂


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