2011年 01月 30日

日々雑纂

ポリカルチャー、【WWJ地球環境メールマガジンEpsilon 】の『地球白書 2010-11』の「第1章 伝統を再評価して持続可能性の
構築に活かす」からの紹介;今回のテーマは「ポリカルチャー」。
カンザス州サリナにあるランド研究所で、....毎年植えなおす必要がある穀物に取って代わる、新たな多年生作物を開発している。穀物
も多年生で、空中窒素を固定する能力のある[つまり、窒素肥料が不要になる]別の多年生作物とポリカチャーで栽培され
、その種実
からは食用油、バイオ燃料、潤滑油の原料となる植物性油脂が生産される。このようなポリカルチャーは、自然の大草原を構成する植物
群落を再現しているのである。

・ポリカルチャーの対極にあるのがモノカルチャー。Wiki日本版は「植民地化された土地で、支配国で需要の高い農作物を集中的に生産
させた事が始まりである。例えば、オランダ領東インド(現在のインドネシア)における商品作物の強制栽培制度があげられる。これにより、
支配国は効率よく農作物を得ることができた。1944年にメキシコで実施された緑の革命もモノカルチャーである。
代表的な作物にサトウキビ、天然ゴム、トウモロコシ、穀物、パルプ、コーヒー豆などがある。多くは主食たりえないものばかりであり、現地
住民は商品経済に組み込まれ自給能力を失い、飢餓の原因ともなった
」と規定している。
・アイルランドのジャガイモ飢饉も、モノカルチャーの深刻な危機を表現している。南米インカ帝国では、200種以上のジャガイモが混裁され
ていた。たとえ、ある「種」のジャガイモが病害虫に侵されても、別の「種」は生き残り、一挙に全滅することはなかった。畑からの収穫物を、
文字通り天と地からの贈り物として深い感謝の念と共に受け取る民族の自然な気持ちの発露であったとも言える。16世紀以降、旧世界の
民は、もはやそのような素朴さを失い始め、専ら効率性に目を注ぐように変わっていった。
・当時のアイルランド農民は二重の意味で、モノカルチャーに頼り切っていた。第一に品種の多様性の喪失。「当時のヨーロッパでは収量の
多い品種に偏って栽培されており、遺伝的多様性がほとんどなかった。そのため、菌の感染に耐え得るジャガイモがなく、菌の感染がそれ
までにないほど広がった
」(Wiki「ジャガイモ飢饉」から)。第二に、貧民はジャガイモを殆ど唯一の食料にしていた。「小作農家たちは以前は
主に麦を栽培していたが、地主に地代を納めなくてもよい自分らの小さな庭地で、生産性の非常に高いジャガイモの栽培を始めた。それに
よって、ジャガイモが貧農の唯一の食料となってゆき、飢饉直前には人口の3割がジャガイモに食料を依存する状態になっていた
」(同前)
・以上は、一国の経済全体のモノカルチャー化が内包する危険だが、単一の経営にとってもひたすら集約化され、大規模化され、集積され
た経営システムにも同じ種類の危険は内包されている。感染症の蔓延。
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by agsanissi | 2011-01-30 12:49 | 日々雑纂


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