2011年 02月 07日

日々雑纂

モスクワ攻防戦、(昨日の続き)本書「日本語版解説」に「第二次大戦中のこのような非人道的な戦いが、百数十年前のカントの時代よりも、
はるかに啓蒙されていたはずのマスとしての国民を主体としながら、ヒトラー、スターリンという史上稀に見る怪物的独裁者の指揮棒の一振りが
原因で
起きたところに、文明史的逆説がある」464.p、とあるが、「指揮棒の一振りが原因」云々にはとうてい納得できない。
・ロシア革命から内戦、更に30年代の党内闘争の時代を通じて、ロシア革命の主役たちの中で、どちらかと言えば凡庸で、精彩を欠き、幾多の
政治的・軍事的誤りを犯してきた。また第二次大戦の中でも、時に致命的とも見える戦略的・戦術的誤りを犯している。本書に描かれている中で
は、41年6月のドイツ侵攻。あらゆる情報が、ドイツの本格的侵攻を裏付けているにもかかわらず、それを無視して対独反撃を許さず、開戦当初
の壊滅的打撃を被ったこと。41年10月、ドイツ軍の攻撃が数十キロ先にまで迫り、モスクワは一時無政府状態に陥り首都陥落寸前、まさに首の
皮一枚で繋がっている状態にまで陥れてしまったこと。このように明白な誤りにもかかわらず、なぜ党官僚・軍幹部などが、唯々諾々とスターリン
の前にひれ伏してきたのか?
・30年代後半には、スターリンの「自国民に対する徹底的な殺戮政策」129.pは、牙をむき出しにしており、多くの国民が親兄弟、親類縁者、隣人
などにその犠牲者を持っており、その支配の実態を知悉する機会を持っていた。それ故、ドイツの侵攻が始まった当初、占領地域ではドイツ軍を
解放軍として迎え入れた。スラブ民族を「奴隷化」することにしか念頭になかったヒトラーの政策に助けられたとはいえ、このような反抗的国民を
壊滅的打撃から立ち直らせ、奮い立たせ、ドイツ軍の猛攻を押し返すまでに立ち直らせることが出来たのか?どこにそんな底力があったのか?
・このような苛烈な現実にもかかわらず、反面では、30~40年代を通してソヴィエト体制とスターリンに対する賛美が続いたのは何故か?国内
ばかりではない。アンリ・バリュビス、ロマン・ロラン、アンドレ・ジッドのような西欧文人さえ賛美の歌声に唱和していた。
・このような疑問・謎を解く鍵になるかも知れないと微かに思うのは「スターリンが君臨する恐怖の世界では、なんでもありだった」128.p、が一つ。
想像を超えた恐怖の支配が金縛りにしたかも知れない可能性。もうひとつは「ソ連国民の最も顕著な特性は、世間知らずということだ。われわれは
政府のプロパガンダによって作り出された霧の中で生きていた。当時人々は危険が存在するなどと話すことすらしなかった」282.p
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by agsanissi | 2011-02-07 11:45 | 日々雑纂


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