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2011年 02月 08日

日々雑纂

c0048643_8553287.jpg・2月に入って(と云ってもまだ、既に?8日だけれど)平均気温がぐっと上がってきた
代わりに、曇勝ちの日が多くなったようだ。1月は、日照時間が6時間を下回った日数
は3日間だけだったけれど、2月は、今日を含めて既に三日になる。
・10日か一週間ほど前、ツグミを見かけたけれど(普代ではムクドリとツグミは、ほぼ
一緒か、ややツグミが早いので)見落としていただけで初見とは思わなかった。ここ
数日、頻りと見かける。今朝も元荒川の土手で数羽見かけた。他にセキレイ。
どうやら、一月末頃のものがツグミの初見のようだ。今日は朝からドンヨリ曇り。
今日昼には黄海沖にある低気圧が、明日は関東沖に進み、明朝にかけて関東平野
でも雪になる模様。



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・アイルランドのジャガイモ大飢饉の舞台は、一体どんなところだったのか?
Ireland's Great Famine 1845-1849(参照)の一節に右のような地図が載っている。
南西部及び中西部の半島のように突き出した部分が最も甚大な被害を受けているが、
ここは今日、Googleの地図で見てもほとんど岩礁に覆われた山岳地帯のように見える。
度々、この地を訪れた高橋哲雄氏は『アイルランド歴史紀行』の中でアイルランド西部の
”美観”をこんな風に描いている。
西部の”美観”のかなりの部分は、荒涼とした不毛の地で占められているからだ。僅かの
土を風に飛ばされぬように作ったような石囲がほとんど無限と思えるほどに続く光景は、
ゴールウェイ湾の北岸やアラン島でおなじみのものだし、山地の多くは泥炭地と露岩で
出来ていて、樹木がない。わずかに晩夏にはヒースの暗紫色でおおわれ、またほとんどの
に季節にゴース(針エニシダ)の濃い黄色が点景となってくれるのが目の慰めになる位
である。

・序に、清教徒革命(またはピューリタン革命)の指導者として名高いクロムウェルの蛮行
にも触れておこうか。「かつてクロムウェルの軍隊が殺戮と掠奪を重ね、西端のクレア県
まで来たとき、さしもの彼が「人を吊るす木もなく、人の首を突っ込む水もなく、人を埋める
土もない」とぼやいたといわれるほどの、絶望的なまでに過酷な自然である
」87.p
アイルランドのジャガイモ飢饉は、一面では自然災害だが、人口をほぼ半減させるまでの社会的大災害に陥らせた一因はイギリスの植民地
支配である。Wiki「アイルランド」(参照)には、イギリスとの関係をこう書いている。
オリバー・クロムウェルの侵略以降、民族や領域としての自治が剥奪され、イギリスにとっての最初の植民地支配を受けた。プロテスタントによる
カトリック教徒への迫害があり、また植民地政策で工業化は遅れた。土地政策はイングランドのアイルランド支配にとって重要でしばしば深刻な
影響をあたえた。
経済基盤は弱く大規模地主による小作農を使役した商品作物栽培という典型的な植民地型農業であり、アイルランド人の2/3は農業に従事して
いた。さらに羊毛のための囲い込み政策が追い討ちをかけ、これは1800年代前半に相次いで発生したジャガイモ飢饉の際に決定的な不幸として
示現し、商品市場において高く売買される農作物がイングランドに大量に移送される一方でアイルランド地域からは食物が枯渇し、不作に見舞われ
た小作農の大量餓死が発生し社会問題となった。

貧困のどん底にあえぐ小作農と不在地主の支配、『ガリヴァー旅行記』で有名なダブリン生まれのスウィフトは百篇近い政治改革の提案を虚しく
公表した後、業を煮やした末に『慎ましやかな一提案』と題するパンフレットを公表し(1729年)、知らぬ顔を決め込む(イギリスの)不在地主と貴族
階級に、グロテスクな風刺によって報いようとした。
貧民救済の最善策は10万人のアイルランドの貧民の幼児をできるだけ肥らせて満一歳で貴族や金持ちのために食用肉として売ることだ。ちょうど
食べ頃で、焼いても茹でても美味だし一年位だと母親が乞食商売をして何とか食いつなげるし、その子が売れれば次の子が生まれるまで生活できる
だけの収入になる。それに12歳まで育てて奴隷商人に売るよりコストが安く済む計算だ。....金持ちにも貴族にも喜ばれるうえ、イングランドにとっても
危険な存在であるカトリック教徒の数が大幅に減る。10万人の子どもをニ歳以降育てる費用は一人10シリングはかかるが、この提案を実施すれば、
その分節約できるので、国民資産は年5万ポンドは増える。また幼児の肉を食用にする分だけ、牛肉の消費量が減るので、約千頭分の樽詰牛肉の
輸出が増えて、四方八方めでたい話ではないか
...云々」(『アイルランド歴史紀行』34.pから)

右往左往の民主党、政党支持や内閣支持率の低落・地方選挙での相次ぐ敗北に加え、政権マニフェストの修正・見直し、小沢問題での指導力
欠如の露呈。一時のブームに沸いた上げ潮も、はや潮の引く勢い。今や、失職の瀬戸際で「民主」の看板隠しに大わらわ。どれ一つをとっても政党
としての体をなしていない。中日新聞によれば「名古屋市議会の解散の是非を問う住民投票で失職した民主党の前市議らは8日午前、市内で会合を
開き、河村たかし市長が提案する議員報酬半減への賛成を掲げて出直し市議選に臨むことで一致した
」と、恥も外聞もない対応。これに対し、「河村
市長は「民意を大事にするというなら、市長選で対立候補まで立てて反対した過去を総括してから決めるべきで、目先の選挙対策だ」と批判。報酬
半減は議員のボランティア化を進めるためであり「そういう理念があるのか。市議選が終わればまた元に戻すと疑わざるを得ない」と切り捨てた
」との
こと。一貫した政党理念を持たず、政権欲と議員職に釣られた野合集団の末路と断ずるには、ちと早過ぎるかな?!
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by agsanissi | 2011-02-08 09:06 | 日々雑纂


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