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2011年 02月 15日

日々雑纂

・昨夜18時過ぎから降りだす、いつから雪に変わったかは知らぬ。20時過ぎには1度を下回る。低気圧は21時に紀伊半島沖、3時に千葉県沖
に達する。さいたま市の雨又は雪のピークは21-23時ころ。明け方5時過ぎには既に雨に変わる。道路はシャーベット状の雪。薄暗がりの中、
危ない足取りで犬の散歩に歩いている風狂の人がいる。
・「牛に引かれて善光寺参り」ならぬ「犬に引かれて健康増進運動」でも推奨してはどうか?

怪物的独裁者の指揮棒云々の続き(11/02/07)、バーバラ・タックマン『八月の砲声』とヨアヒム・フェスト『ヒトラー』を相次いで拾い読み。
タックマンは、20年ほど前に読んだが、大統領に就任直後のケネディが閣僚及び国家安全保障会議のメンバーに、この本を読むように求め
「ヨーロッパの指導者たちが、どんなふうにヘマを重ねて第一次世界大戦という大失敗をやらかしたか生き生きと描写している」と述べたとか
(『マクナマラ回想録』138.pから)という一節を読んで再読(⇒過去の教訓に学んでも、実践に活かすのが如何に難しいか、指導者の思惑を
超えて歴史の歯車が如何に思わぬ方向に回転してしまうかを語って余りある
)。フェストは『モスクワ攻防戦』の引用で関心をもつ。
・このニ冊を読んで分かること。20世紀前半は、日本及び欧米諸国にも軍人または軍人出身の政治的指導者が一般的にいたこと。ヨーロッパ
の多くは君主国家(又はそこから抜けだしたばかり)で、彼らの先祖は代々戦争又は外交によって領土国家を拡張し、権益を拡大してきたこと。
彼らは「民族の生存権確保」のための戦争は必要不可欠であり、必至でもあると伝統的に考えてきたこと。彼らにとっては、戦争こそ常態であり
平和は、戦争と戦争の間の幕間に過ぎなかったこと。それにもかかわらず第一次世界大戦は、それまでの戦争概念を根本的に変えてしまい
国家の総力を挙げての全面的戦争は、戦勝国にとっても敗戦国にとっても割りに合わず、それ故「戦争は今や実行不可能になった」という幻想
が広がる一方、ドイツに対する過酷な賠償(それがドイツの「戦争願望」を再起不能にすると思われた)が、逆に「世界帝国」への夢をかきたてる
火種になった。従ってドイツとドイツ以外のヨーロッパには、全く正反対の世論または世相が漂っていた。一方、第一次大戦の無政府的な混乱
と君主政府の無能のおかげで奇跡的に権力を獲得したロシアの革命的エリート達はヨーロッパ社会主義の夢から、やっと抜けだしたばかりで
西欧民主主義国家とは全く異質の「生きるか死ぬか」の二者択一を性急に突きつけるナチス・ドイツと向きあうことになった。それ故、スターリン
は理論的にはどうあれ、現実には「一国社会主義」の温床から、否応なしに引き摺り出される事態に直面せざるを得なかった。
・前に(11/02/06)、30年代半ばから40年代半ばにかけての10数年間、ユーラシア大陸からドイツ・ヨーロッパにかけて「殺戮の嵐」が駆け
巡ったが、それは「単に二人の狂った独裁者の個人的資質を云々することでは、とうてい理解出来ない」と書いたが、この時代、ヒトラー&スター
リンを取り巻く政治的エリート集団には無数の小ヒトラー&小スターリンがいた。彼らは、確かに突出した個性によって時代の頂点にたったが
「怪物的独裁者の指揮棒の一振り」が時代を演出したわけではなく、時代の狂気的一面が彼らを指揮者の地位に押し上げたと考えたほうが
理解しやすい。

債務残高のGDP比、日本の国債残高のGDP比の推移を見て直ぐに気付くことは、過去三回の山は戦争に伴う異常な突出だ。最初は西南
戦争、二度目は日露戦争、三度目は満州事変から太平洋戦争に至る一連の総力戦。それでも、ある時期まではGDP比で50-70%に留まって
おり、歯止めを失ったかの急膨張を遂げるのは1936年以降、特に2.26事件以降だ。英国は、第一次大戦から第二次大戦にかけて、特に対独
全面戦争が開始されて以降だ。こうしてみると、90年代以降の日本の債務残高の急膨張の異常さが浮かび上がってくる。
・国の総力を挙げた消耗戦に匹敵するような、一体、どんな消耗戦がこの間に実施されてきたのか?
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by agsanissi | 2011-02-15 09:50 | ミミズの寝言


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