農のある風景/作業日誌/ようこそ!!荒木農場へ

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2011年 04月 04日

フラッシュ・バック/6

・△3.5/3.8度と、4月としてはかなり寒い一日だ。午前中は、どんよりとした曇り空で急に雪が降り出したり、
昼前後には冷たい北寄りの風が強く吹く。ハウスの裾は、ほぼ終日閉めたまま。
・今日は免税軽油の申請に久慈の合同庁舎まで出かけたが、午後になって陽射しが出た場合、ハウス内の
温度が急上昇しないかどうか、やや気にはなったが8時頃に空気抜き程度に開ける。14時半頃戻った時点
では、山の空気はヒンヤリ。ハウス内の最高温度も19度止まり。

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【日々雑纂】
c0048643_5302250.jpg明治の教訓、15m堤防・水門が村守る、津波で壊滅的な被害を受けた三陸沿岸の中で、
岩手県北部にある普代村を高さ15メートルを超える防潮堤と水門が守った。村内での死者数は
ゼロ(3日現在)。計画時に「高すぎる」と批判を浴びたが、当時の村長が「15メートル以上」と
譲らなかった。
「これがなかったら、みんなの命もなかった」。
太田名部漁港で飲食店を営む太田定治さん(63)は高さ15・5メートル、全長155メートルの
太田名部防潮堤を見上げながら話した。津波が襲った先月11日、店にいた太田さんは防潮堤
に駆け上った。ほどなく巨大な波が港のすべてをのみ込んだが、防潮堤が食い止めてくれた。
堤の上には太田さんら港内で働く約100人が避難したが、足もとがぬれることもなかった。
(読売、4/03から)
・この写真(読売)は、3/29に紹介した写真の反対側から大田辺漁港の前面の防波堤を写したところ。
写真左端の道路の分岐点付近が29日に紹介した修理工場跡。
巨大津波:宮古で高さ= 37メートル・国内最大級、東日本大震災で津波被害を受けた岩手県宮古市の田老地区で、
陸地の斜面をさかのぼって到達した津波の高さ(遡上高)が= 37.9メートルにまで達していた。
東大地震研究所の都司嘉宣准教授(地震学)は、田老地区にある小堀内漁港周辺の漂流物などを調査。
海岸線から約200メートル離れた山の斜面にまで、海水に押し流された材木が到達していたことが分かった。材木が
あった地点を基に高さを計測したところ、37.9メートルと判明。
津波の遡上高の国内観測史上最大は、1896年の明治三陸地震で同県大船渡市で確認された38.2メートルとされる。
・追記、新たに岩手県宮古市姉吉地区で、陸地をさかのぼった津波の高さを表す「遡上高」が38.9メートルに達していた
ことが、東京海洋大の岡安章夫教授(海岸工学)らの調査で分かった。(11/04/15、日経から)
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by agsanissi | 2011-04-04 05:36 | 日々雑纂


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