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2011年 11月 19日

日々雑纂

破壊と創造、夫々のレベルで、あるいはタイム・スケールで、破壊と創造は繰り返されている。生と死と言い換えても良い。
個人の生と死は一回限りのドラマだけれど、人類の誕生と衰退を個人レベルの生と死の集積としてみれば、無数のドラマの
混沌とした累積としか見えない。一方、個人の生を細胞レベルの生と死の集積としてみれば、単なる混沌とした累積物とは
異なるある種の法則性(あるいは規則性)があるはずで、だからこそ「人間」という有機的統合体が可能なのだろう。
・【ATOKATA】と題する篠山紀信の津波被災地の写真集の広告が「日経ビジネス」のサイトに載っている(参照)。
その冒頭に
「2011年3月11日。自然は圧倒的なエネルギーによって自らを破壊した。」とある。
・誰の言葉か(篠山氏か、編集部か?)知らぬが、「それは違うだろう」と思った。破壊と創造は表裏一体で、《万物は流転する》
という変化の一様態にすぎないと思いながら、冒頭のようなことを考えた。そうすれば生は同時に死への一歩であり、成長は
衰退へのあゆみであり、変化する物質の一様態に過ぎない。この場合、人間の魂、ないし意識をどう捉えれば良いか(あるいは
物質と意識の関係)、これが分からない。この分からないという有り様そのものが意識の賜物で、多分、物資の変化する様態
そのものには、この手の自己認識はないのだろう。
・《万物は流転する》という認識があるからこそ、不老不死などという妄想が生まれるのだろうが、富・権力・地位・名声などの
余計な夾雑物の産物に他ならない。「生きた証」なども庶民的レベルの夾雑物の産物に他ならないと僕は見なしている。つまる
ところ一個の《路傍の石》に過ぎぬ(と見切ったとは云わぬも)と見切りたいと願っている。
・ともあれ、上記サイトの写真に添えられた篠山氏の言葉、
「自然による新しい自然の創造。
それは神の悪戯でも凄惨な地獄でもなく、
静謐で尊く、荘厳な光景であった」
「僕は自然の力に畏怖し、
畏敬をもって凝視するしかなかった」

という言葉が身に染みる。
・人間的ドラマの時間スケールの変化の中に、突然、地球的レベルの時間スケールの変化のドラマが挿入されれば、誰だって
一瞬、戸惑わざるを得ないだろうが、事の本質はそういうことだ。それは決して、一方的な破壊ではなく、破壊と創造のドラマの
一局面に過ぎない。歴史的・社会的・政治的変化もまた、時にそういう時間スケールの置き換えという発想の転換によって考え
なおしてみる必要があるのではないか。

発想の転換、「Newsweek」日本語版(11/11/17、参照)に池田信夫氏が【「カロリーベース」という幻想を捨てれば日本の
農業はハイテク産業になる】との記事を載せている。
・TPP(環太平洋パートナーシップ)に対して農林水産省や農業団体は「関税が撤廃されたら日本の農業は壊滅する」という。土地
の狭い日本の農業は高コストで、海外の安い農産物が入ってきたらひとたまりもないというのが彼らの主張だ。しかし世界第1位
の農産物輸出国はアメリカだが、第2位はどこか、ご存じだろうか。
・オランダである。面積は4万平方キロと日本の1割強。農地面積は世界の0.02%しかないのに、農産物の輸出額は世界の1割
近い。農家一人あたりの年間輸出額は14万6000ドル(約1100万円)と、世界トップだ。その主力はよく知られている花や観葉
植物だが、トマト、ズッキーニ、パプリカなどの野菜も多い。しかもその輸出額は毎年のびている。高級農産物は成長産業なのだ。
・他方、日本の農水省は「カロリーベース」の食料自給率を高めることを政策目標にしている。日本で消費される農産物のうち、
国内生産の比率は金額ベースでは69%だが、カロリーベースでは39%になる。これは家畜の食う餌の自給率を農産物の自給率
にかけるためで、たとえば卵の自給率は金額ベースでは96%だが、鶏の飼料の9割以上は輸入なので、カロリーベースの自給率
は9%になる。

・価値基準をどこに置くか、何よって価値を計るかによって、物事は全く違った様相を呈する。
・もし日本の製造業が「重量ベースの自給率」を高めたら、半導体や携帯電話の生産が止まってコンクリートブロックや石材の生産
が増えるだろう。それが社会主義国で起こったことだ。旧ソ連では生産を重量ベースで計画したため、工業製品は重量の大きい
ごっついものばかり生産された(*)。日本の農業も補助金漬けの計画経済でやってきた結果、カロリーという無意味な指標で日本に
向かない穀物の生産に土地を浪費しているのだ。

・池田氏の意見に、必ずしも全面的に賛同するわけではないけれど、アメリカ・オーストラリア・カナダのような大陸国家と同じ土俵
の上で勝負しようとする考え方(最初から勝負にならないから「関税障壁」で守ろうという発想になる!)から脱却する必要があると
する点では、まさにその通り。規模拡大と効率化のスローガンも、)それ自体は不可欠の課題としても大陸国家の農業との「競争
条件」としてはB-29に対して竹槍を構える愚に等しい。

注(*);市場経済を廃止するため(「した」ためではなく、「する」ため)「貨幣」を名目的に廃止して、代わりに重量を
社会的価値尺度の基準として採用したため、個々の工業製品も重量で生産量が評価されたため、「重すぎ」て天井に
吊るせないシャンデリアが生産されたという「小話」がある(それとも実話?)!
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by agsanissi | 2011-11-19 06:55 | ミミズの寝言


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