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2011年 12月 10日

雪の”つとめて”

・枕草子には「雨うち降りたるつとめてなどは、世になう心あるさまにをかし」という一節もある。昨日の「つとめて」は雪の降った日の「早朝」の
意味だけれど、こっちの「つとめて」は雨の降った日の「翌朝」の意味。新緑の季節の雨上がりの翌朝など、朝日を浴びて輝くさまは殊の外。

・明け方の冷え込みは昨日と大差ないが、陽気は打って変わって快晴無風。朝8時の気温(アメダス)は、氷結した雪が蒸発熱を奪うせいか
△4.7度(昨日は△3.5度)。それでも陽射しの温もりを感じる。

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◆今日は満月&皆既月食
・今日の月の出は15時54分だそうだ。写真は16時16分。ダイズの選別を終えて、周囲を片付けながら「今日は満月だったな」と東の空を
ふと見ると木の間から丁度登ってくるところ。

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【日々雑纂】
原理原則、主義主張、一貫性、「断じて意見を変えぬと威張るのは、終始一直線に突っ走るのをおのが務めと心得て、誤謬絶無と信じ
ている間抜け者たちさ。原理なんてものはない。あるのは事件だけさ。法則なんてものはないんだぜ。状況があるだけなんだよ。優れた
人物は事件と状況に順応して、おのれが有利にそれを導いているんだ。もしも一定不変の原理なり法則なりが存在していいたとすれば、
シャツを脱ぎ代えるように、あっさりそれを国民が変えられるってわけはないじゃないか
」(【ゴリオ爺さん】から、バルザック)
40年若ければ、こんな考えは到底容認出来なかった。30年でも、多分、容認しなかっただろうけれど、20年前なら容認に傾いた。
老境に入った(とは自分では全然思っていないけれど)現在は、多少の表現の違いはあるにせよ自分の意見としても良いと考えている。
物事に生成、発展、衰退、消滅の過程があるように、人間にも青年期には青年期特有の考え方があり、老年期には老年期の研磨され、
時に鈍磨された考え方がある。青年期の鋭角な感覚が、時によって風化され・経験によって丸みを帯びたとも云えるし、妥協的なズルさ
を加えたとも言える。単なる諦観かも知れぬ。

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by agsanissi | 2011-12-10 13:45 | 日々雑纂


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