2012年 03月 03日

中国古代文化

・08/12/10の日誌を読み返したら、
最近、さっぱり読み書きしなくなって錆付いてしまったロシア語・フランス語をリフレッシュするか、それとも今後
の世の中の変化を考えて新たに中国語をやろうか迷った。結果、大して役立たずのフランス語をはずして、依然
として魅力的なロシア語と中国語と両方ともやろうと決めた
」等と書いてある。
・その後、何がどう変わったのか(その経緯を書いているのか)覚えてないが、中国語は止めて(止めた原因は
比較的読めるわりには発音が難しくて、音声入りの辞書が必需品で、そこまでやるかどうかちょっと考えてから)
09年に一年かけてロシア語を、10~11年とフランス語(これは一年ではちょっと無理だった。後は語彙数だけ)
を、それで今年は漢文&漢詩文を本格的にやろうときめた。
・今年は何語をやろうかなと考えているときに、偶々、右手を自在に使える練習を年末から始めて、人体解剖図
のイラストやら漢字練習を右手でやっているうちに、改めて漢字の成り立ちに深く興味を覚え、「そうだ!漢文&
漢詩文を本格的にやろう」と思い立ったわけ。
・高校時代に漢文を習っているが、「いまさら何で漢文だ」等と嘯いて、まじめに勉強しなかった。その後、折に
触れて、史記、三国志、論語、荘子、老子、唐詩選、陶淵明くらいは拾い読み程度はしたけれど、到底、本腰
入れて読んだとは言えない。
・前に「この国の”行く末”」を本格的に考えるには、望遠鏡と顕微鏡が不可欠だと書いたけれど、その望遠鏡
の一つとして史記や漢字文化の基礎を勉強し直しておこうと考えた。ちょいと迂遠な気がしないでもない...。

夏王朝
・Wikiには「夏(か、紀元前2070年頃 - 紀元前1600年頃)は、中国最古と伝承される王朝」「従来、伝説と
されてきたが、近年、考古学資料の発掘により実在可能性が見直されてきている
」とある。
・更に「炭素14年代測定法により、河南省偃師の二里頭村の二里頭遺跡や河南省新密市の新砦遺跡などに
痕跡を持つ二里頭文化が夏の時代に相当する年代のものと略確定するなど、文献史料のいう「夏」は二里頭
文化に比定される。しかし二里頭文化が文献史料が示す「夏王朝」と同じである訳ではなく、文献史料のいう
「夏王朝」には戦国時代以降の思想が多分に紛れ込んでおり、二里頭文化が構成した「夏」が、王朝・初期
国家としての実質を持ったものであるかという意味では疑問が多い
」云々と記している。
・【中国の歴史】第一巻(陳舜臣、平凡社)92pには、実在も非実在も証明されていないが、時期的に云えば
「竜山文化が夏王朝の時代にあたります」とある。
・102pに、竜山文化遺跡に「すでに鑽灼を行った獣骨が発見されています」「悲しいことに文字が刻まれて
いません」「獣骨といっても、大部分が牛の骨なので、亀骨牛骨とも称されています。...現在まで出土した
甲骨はほぼ10万片と推定
」云々とある。まだ漢字文化はなかったと推定してほぼ間違いないか。
・Wikiによると、「龍山文化(りゅうざんぶんか、龙山文化、拼音: Lóngshān wénhuà : ロンシャン・ウェン
フア, 紀元前3000年頃-紀元前2000年頃)は、中国北部(華北)の黄河中流から下流にかけて広がる
新石器時代後期の文化である」「中原龍山文化(河南龍山文化と陝西龍山文化)および山東龍山文化に分か
れている。山東龍山文化は黄河下流を中心に存在した大汶口文化に続いて現れており、河南龍山文化は
黄河中流に存在した仰韶文化に続いて登場している」「陶器のほか、石包丁など石器や骨器などの武器や
道具、ヒスイなどの玉なども出土している。龍山文化の後期には青銅器も出現」「龍山文化の社会に現れた
大きな変化は、都市の出現である。初期の住居は竪穴式住居であったが、やがて柱や壁を建てた家屋が
出現した」「農業や手工業の発達も特徴である。陝西省の渭河周辺では農業と牧畜業が仰韶文化の時期に
比べ大きく発展している。コメの栽培も始まっており、カイコを育てる養蚕業の存在と小規模な絹織物の生産
の開始も確認されている
」とのこと。
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by agsanissi | 2012-03-03 05:45 | 考える&学ぶ


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