2006年 01月 18日

学ぶということ


西村和雄さんの「有機農業コツの科学」をいろいろ取り上げたけれど、別段、攻撃したわけ
でもなんでもない。ちょいと脱線して、支離滅裂なことを書いているのじゃないのと思うとこを
指摘しただけ。感得する基本的価値観のようなものは共有できるし、実際に会えば、意気
投合できる人の一人じゃないかとも感ずる。誤解のないように書いておくが、僕は有機農業に
反対しているわけでもなんでもない。僕自身の価値観のようなものや、農業を始めたきっかけ
のようなものの一端は「耕す生活」の冒頭に書いてある。

「有機農業コツの科学」にしても、「有機農業のコツ」を科学するつもりなのか、「コツの科学」
を披瀝しているつもりなのか分からないが、中味の分量でいえば九割以上は「コモンセンスの
利いた良い本」だ。新しく学んだことは一ヶ所、改めて学んだことも一ヶ所、それほど目新しい
ことを書いているわけではないけれど、この分野の本としては「有機農業だからといって、土の
中に入れた有機物がそのまま植物の栄養になるかどうかは、あまりこだわっても仕方ないだ
ろうと私は考えています。つまり、有機農業の有機と有機物の有機とを、単純に結びつけた
ところで、土の中の未知の世界にたいするコジツケにしかならないのでは?
と思っているから
です」(113.p)という点を、特にコモンセンスとして評価した。
「有機農業の有機と有機物の有機とを」単純に取り違えているだけの一知半解が多いなかで、
この一節が気にいった。

僕が農業を始めた頃、あるいは始めるにあたって感銘を受けた本はビル・モリソン「パーマ
カルチャー」とレイチェル・カーソン「沈黙の春」、他にはダーウィンのミミズに関する論文と
中島常允の土に関する何冊かの本(参照)が主なものだ。
僕のやっている農業は「スローでたのしい現代農業」だけれど、「化学肥料と農薬にどっぷり
つかって」などと非難されれば、阿呆かとしか思わない。
化学肥料も使うし、必要なら農薬も使うけれど、有機農業分野の本から多くのことを学んでいる。
考え方によっては、それは口先だけのことで化学肥料・農薬を使っていること自体、有機農業
から何一つ学んでいない証拠だという批判の仕方もあるだろう。
現代農業(そもそもこんな言葉はおかしいが)と有機農業とを二元的対立物かに捉えれば、
そんな批判も出来ないわけじゃない。しかし僕は、そんな狭隘な精神と付き合うつもりは
毛頭ない。西村さんは、そんな狭隘さと無縁に見えながら、なぜか現代農業と有機農業を
二元的対立物かに描き、ために支離滅裂な脱線を時にしている。

「化学肥料や農薬をまったく使わない有機農業」という立場は、一向に構わない。
しかし農業は、本質的に化学合成肥料や化学合成農薬を忌避すべきものなのかどうなのか
そこが僕には分からないし、この点で納得のいく説明を聞いたことがない。
化成肥料や農薬を多用し、土の中の生物を殺し、土を殺し、荒廃した無機的な土から、野菜
もどきを収奪してくる、多くの産地があることは知っている。
これではならぬと、「堆肥投入」の念仏を唱え、闇雲の畜糞投入と土壌殺菌の繰り返しで、何と
か産地の名目を保っている「有機農業」があったことも知っている。
しかしそういう農業が、農業そのものの存続とともに、いまや歴史的な反省点に達していること
は明らかだ。「持続可能な農業」にしても「環境保全型農業」にしても、その明らかな証拠と見て
よい。

しかし西村さんは「でも、ちょっと考えてみてください。いまさらなにが持続可能だ! なにを
いまさら環境保護だ! といいたくなるのです。半世紀前までは、伝統的農業は世界中に
存在し、そこでは数千年にわたって持続可能な環境保全型農業をやってきたではないか、
そうわたしは思うのです」(282.p)という。
この意見は、「地球文明と環境破壊」という立場から歴史的に見て、農耕文明による環境
破壊がいかに進んだかをまったく無視した、単なる情緒的反発でしかない。
そんな幼児的反発からは、何も新しいものは生まれない。(この点では、まえに「耕す生活」の
なかで取り上げた「統合知という未来」という論文が本当に優れていると思う)

人間の健康という視点から化学合成農薬の使用に反対する考えがある。しかしこの点では、
人間が生涯に体内に取り込む化学物質の中で農業由来の化学物質はほんの微々たる割合
で、農業で合成農薬を使う使わないは人間の健康被害という点に関しては本質的問題では
ない。むしろ問題は、農薬を散布する農業者自身の健康被害にこそある。一方、天然素材の
ものを使えば安全かの錯覚があるが、これは単に無知に基づく一知半解に過ぎない。
化学肥料や農薬の過剰投与による環境破壊という視点での問題については、化学物質の循環
という広い立場から考えなければならない問題で、この点では堆肥・厩肥の過剰投与も同列で
ある。

というわけで僕は、農業は本質的に化学合成肥料や化学合成農薬を忌避すべきなのかどうかだけを問題にしているが、この点で合理的な納得のいく考えを聞いたことがない。
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by agsanissi | 2006-01-18 06:07 | 考える&学ぶ


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