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2006年 01月 30日

農の安心立命?!


一昨日取り上げたFood Scienceで齋藤訓之さんが「食の損得感情」についてというコラムを、
去年の6月から続けておられる。

僕は、栄養とか安全とか、ごちゃごちゃ云う前に「美味しく、満足して食べる」のが何よりと
自分では思っているから、単純に「食べられるものを食べれば良い」としか考えない。
誤解のないように書いておくが、栄養とか安全とか無視してよいと考えているわけではない。
ただ過度に過敏になったところで、日常生活では得るところが少ないと思っているだけだ。

齋藤さんは、第一回目で「人間は物質だけでなく意味を食べる」と書いている。付け加えれば
イメージで食べるといっても良い。
本当か冗談か、こんな話を聞いたことがある。ある家に、夕食に招待されて、ちょっと変わっ
た形の陶器に入れた野菜サラダが出された。聞いてみるとフランス旅行で、ふと街角の一角で
素敵な陶器の容れ物を見つけて買ってきた。野菜を盛り付けてみるとセンスが良いので...
と説明されたそうだ。ところがどう見てもそれは、ベッドに備える尿瓶にしか見えないので、
どうも食が進まなかったとのこと。逆に、まだこれは使用前ですから汚くはありませんといっ
て、尿瓶にコーヒーを出されても、あんまり美味しくは味わえないのかな。
つまり食べるという行為は、合理的であると同時に不合理的行為でもある。これは人間自身
がそうなのか?!
「損得感情」という題名の背後には、そんな思いが潜んでいるのかと勝手に受け取っている。

そんな斎藤さんが、26日付のコラムで
これまでの有機農業推進派は、まず認証され得る厳格な有機農法の普及ありきで、いわゆる
化学物質(化学肥料やほとんどの農薬)を圃場に入れないことを前提に普及活動を行ってきた
のではなかったか。しかし、何らかの化学物質を入れるか入れないかの問題はまず棚上げにし
て、有機物を戦略的に圃場に入れることの意義と方法の普及を先行してはどうか。
と書いている。
しかし、ある意味では、この点が最も曖昧で、有機物は入れさえすればよいという安心立命が
あるのではないか??
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by agsanissi | 2006-01-30 09:50 | ミミズの寝言


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