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2007年 07月 12日

土を考える/自然農法/3

自然農法という考え方は、大雑把に云えば、作物栽培の抱えている本質的矛盾を避けるため
に、作物をあたかも雑草のように育てようということだ
。人為的な操作を排除して、土壌の自然
選択に任せて雑草が育つように、また雑草を排除せずに雑草と一緒に作物を育てようという
ことだ。

現代の自然農法の草分け的先駆者の一人、福岡正信さんは、もう20年以上前に出版された
「わら一本の革命」(春秋社刊)の中で、「この数年」私の自然農法に興味を持つ人が非常に
増えてきたと指摘しながら、こう書いている。
私がひたすら、一つの道として、自然に帰った農法、人知とか人為とかというものを否定して
しまった農法を、一般の人に奇妙に映っていたこの農法を、科学の発達、暴走の結果として、
初めて意味あるものとして注目し始めた

自然農法は、発達した科学技術の応用に対するアンチテーゼに他ならぬということだ。科学
技術の間違った応用とか科学技術の及ばぬ点とかが問題なのではなく、科学技術そのもの
が問題であり、科学のような人知に依存した農法の否定ということだ

自分は科学を否定しますが、科学の批判にたえられるような農法、科学を指導する自然農
法でなければいけない」自然に引比べてみれば「人間の知恵が、いかに小さいかということを
知るために、科学的知識は役立つに過ぎない
」とも書いている。

つまり自然農法は、自然の知恵そのものに依存した農法であり、自然のほんの一部を垣間見
たに過ぎぬ科学的知識を超えるものであり、その意味で人知=科学的知識には依存しないけ
れど、科学の批判には充分にたえられる。謂わば孫悟空(科学的知識)に対するお釈迦様の
掌(自然農法)の如きものだ、というわけだ。

実際に、どういうことをやるのか、あるいはやらないのか
福島さんは「自然農法の四大原則」を提示している。
第一は、不耕起
わざわざ人間が機械で耕転しなくても、植物の根や微生物や地中の動物の働きで、生物的、
化学的耕転が行われて、しかもその方が効果的

第二は、無肥料
本来の自然の土壌は、そこでの動植物の生活循環が活発になればなるほど肥沃化していく
もので、作物は肥料で作るものだとの原則を捨て、土で作るもの、即ち無肥料栽培を原則と
します

第三は、無農薬
第四は、無除草
草は生えるべくして生えている。雑草も発生する理由があるということは、自然の中では、
何かに役立っているのです。またいつまでも同一種の草が、土地を占有するわけでもない


なかには一生懸命に耕起をして、肥料をまいて、雑草を育てている人もいるけれど、少なく
とも雑草には、この四大原則は貫かれている。僕の見るところ、自然農法の要点は、雑草の
ように、かつ雑草と共に育てることだ
。ついでに触れておくと、有機農法を自然農法と一緒
くたに考える人もいるけれど、「雑草のように、かつ雑草と共に」という点で両者の考え方には
本質的な違いがある。
福島さんは、野生化した自分の野菜と庭先や田で肥料をやって作った野菜とを比較して味や
香りが全く違う、野生化した野菜は「強烈で、コクのある味だ」として、その理由を次のように
指摘している。
ミカン山の中でありますが、クローバーやいろんな野草、雑草の中に生えている野菜、実
は私のミカン山の中には、いろんな野菜の種がばら播きしてありまして、草と野菜が混生し
ている状態
です。野菜も、大根、かぶ、にんじん、たか菜、しゃくし菜、からし菜、豆類と
いようなものが、みな共生して混在しているような状態」「畑で野菜を作った場合には、チ
ッ、リン酸、カリ肥料というふうな三要素のみの化学肥料を使って野菜を作っている。一方、
この草の中というものは、草の種類が多ければ多いほど、あらゆる養分というものが土壌
の中にある。雑草の生えているところ、クローバーの生えているところ、混生しているところ
には、チッソ、リン酸、カリはもち論、豊富な各種微量要素が、そこには含まれている
。ミネ
ラルがあるし、何でもある。こういう中で、そういうものを吸収して太った野菜というものは、
複雑な味になる


自然農法を標榜する人の中には、作物を「持ち出す」ための農法なのに、「持ち込まない
持ち出さない」が原則だ、などと阿呆なことを主張する連中もいるが、こういう雑音を別に
すれば、福島さんの考え方は、栽培に関しては(その宗教的・哲学的雑音を除けば)非常
に合理的なものだと思っている。
しかし、それを実践して、自給的農業としては良しとして、農業経営で生きていける見通しは、
僕には全く立てられない。日本では企業農業なんてものは架空のことなんだ、国民皆農民
という生き方(こうなると、まるでポルポト政策だな)が必要なんだとも云うが、その考え方が
現実的とも見なせない。まあ、自給的農業としてしか成り立たないと告白しているようなもの
だが...。
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by agsanissi | 2007-07-12 05:28 | 考える&学ぶ


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