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2007年 07月 16日

イミテーション文化/土を考える/また番外

思ったとおり風雨は並以下、台風は前線を持ち去ってくれたけれど、台風の渦の縁辺に
沿って北東気流が流れ込みやすい気圧配置になり、ヤマセ特有の霧(または霧雨)が、
今日一日は続きそうな気配になってきた。気温も下がってきた。
10日の夕刻からまる一週間は息抜き。当然のことながら、あまり息を抜けば苦しくなる。

「土を考える」も、最初は軽く二三回、サッと書くつもりだったけれど、書いているうちに
段々重く、小難しくなってきた。それでも、自分で云うと厚かましい様だが読み返して
つくづく考えてみると、前の方でそれとなく簡単に書いてあることが、後ろの方でかなり
重要な意味を持ったり、その逆もあったり、また自分で意識している以上に重要な意味
を再認識したりと、中々、面白い。読み返して、一緒に考えて頂けると有り難い。

僕は、何かを主張したいわけではなく、また主張しているわけでもなく、考える、考える、
またまた考える、ということをやっているに過ぎない。考える材料として、皆さんが利用
する素材になったとすれば、こんなに有り難いことはない。間違っても、丸暗記なんて
愚なことはしないように願っている。

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イギリス社交界(に限ったことかどうか?)では、高貴のご婦人方は、高価なネックレス
を身に着ける場合、本物は自宅の金庫(あるいはスイス銀行の貸し金庫に)に包蔵し、
そっくりのイミテーションを作らせて、それを身に着けてお出ましになるのが習慣だそう
だ。もち論、実際に検分したことがあるはずないから、真偽のほどは知らぬ。
実際の社交界では、本物・偽物、どっちでも良いということだ。ネックレスそのものに
価値があるわけではなく、周囲の社交界仲間が価値あるものと認めてくれるから価値
があるように見えるだけのこと。
問題はイミテーションで代用できる価値、それは本物の価値がどうかということである。
尤も、何が本物の価値かどうかということは、それ自体問題になる。
しかし「本物かどうか」という問題は比較的簡単だ。こういう価値判断=意識的判断を
するのは人間で、自然界の相互関係の中には、この手の価値判断に伴う意識的倒錯
はないからだ。

「価値判断に伴う意識的倒錯」というと難しそうだが、要するにそれ自体に価値がある
わけではないのに、周りがみんなで価値があると認めるから価値が生じるという人間
の価値判断=意識判断に伴う特有の価値だ。これは社会的価値と言い換えても良い。
例えば代議士とか、大富豪とか、勲章とか、もっともっと卑近な例ではスリムだとか、
イケメンだとか...。
ダンボール入り肉まん、おっと失礼、豚肉交じりダンボール肉まんなら、大概は直ぐに
分かるが、名前だけの「牛肉入りコロッケ」を有り難がって高値で買って、誰にも分から
ないとすれば、それはそれで良いじゃないのと、僕なんかは思うが果たして不謹慎か。
だって、名誉と金と利己心しかない代議士を、本物の政治家と勘違いして高値に評価
する人は、この時期なんぼでもいるのじゃないか??

本当に考えたかったことは、本物の土や本物の太陽の代わりに、その「機能的要素」
と思われたものだけを抽出した代替物は、果たして本物の代わりになるのか?という
こと。でも、ここは本当に軽く息抜きだ。

ある食品科学研究所の人の話では、味・香り・テクスチャー(まあ、口の中に含んで
噛んだときの独特の風合いですな)は、どんなものでも代用品が出来るほど科学
技術は進歩(こういうのは進歩というのかね?)しているそうだ。要するに、そう思って
食ってるだけで「まがい物食品」はなんぼでもあるということだ。これじゃ、六大栄養素
なんていくら強調してもお笑いだね!!
尤も、そう思って食えば「鼻くそ丸めて万金丹」ということもあるからな。
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by agsanissi | 2007-07-16 08:14 | 考える&学ぶ


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