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農のある風景/作業日誌/ようこそ!!荒木農場へ

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2007年 07月 18日

土を考える/歴史的視点/6


歴史的に見れば、人類は肥沃な土地を求め、或いは土地の肥沃化を求めてさ迷い歩いて来た。
仮に人類の歴史を400万年とすれば、狩猟・採集生活から農耕生活に移行し始めたのは、
高々一万数千年前であり、その時、長い長い放浪生活から抜け出し、やっと定着生活に移る
曙光が見えてきた。それでも最初の数千年は採集と農耕との中間的な生活を行き来したかも
知れず、また農耕の適地を求める移動式農業から定着農業へ移行するために、さらに長い時
間を要したかも知れない。一たび定着生活に足を踏み入れて以降も、決して定着生活に安住
できたわけではなく、気候変動や人口過密、土地生産力の貧困化、疫病、戦争など様々な理由
で大規模な移動を強いられてきた(註)。

なぜ、このように移動し、さ迷い歩いて来たのか?
植物が動く必要がなかったのと正反対の理由で、その生活・生産様式に応じて、土地面積
あたりの人口扶養力が限られているために、食べるため・生きていくために動かざるを得なか
ったのである。仮に農耕によって定着生活が始まったとしても、土地生産力が限られていれば、
人口増加は抑制されるだろうし、あるいは何かの事情で人口がある密度を超えてくれば移動
せざるを得ない。

福島さんは、自分の自然農法は、千年前の「田を鋤かない農法」から「田を鋤く農法」、更
に「深く耕す農法」へと進化してきて土を痛めつけてしまった、それを克服するための不耕
農法であり、それ故「近代農法の最先端の農法」だという。
自然の土というものは、放っておいたら自然に肥えてきて肥料なんか入れなくてもいいよ
うになっているんです。それを人間がいためつけて、力をなくしてしまっておいて、そこを
出発点とするから、肥料の効果が出ているように思われるに過ぎないのです

「放っておいたら」というのを、「耕さない」という意味でのみ使っているが、作物も持ち
出さないようにしなければ、放っておくことにはならない。「肥料」も入れずに放っておい
て作物だけ持ち出す農業をやっておれば、土の養分バランスの帳尻が合わなくなるのは
云うまでもない(養分バランスをある程度保つには、作物の何倍もの雑草を育てなければ
なるまい)。

人類が、移動式農業から定着農業に移行できたのは、他でもない、土地を肥沃化する何らか
の手段を獲得できたからである。世界の四大文明の発祥地が大河領域に集中しているのは、
大規模な治水潅漑事業のために集権的な権力が必要だったからと説明されているが、何より
もまず大河流域の肥沃な土が稠密な人口集中を可能にしたのである。人間が移動する代わり
に洪水によって定期的に肥えた土が運ばれてきたために定着できたと考えて良い。
一方、焼畑農業のように地上の植物を焼き払って、その灰を「肥え」にする場合には、何年間
か作物を作り続けると地力が衰えてくるために、移動してまた同じことを繰り返す。

要するに、仮に自然の土が「自然に肥えてきて肥料なんか入れなくてもいいようになっている」
としても、その自然扶養力に任せていたのでは土地面積あたりの人口扶養力が現実の要求に
応えられなかった。何れにせよ農業生産の拡大のために人類は「肥え」を持ち込み、あるいは
より肥沃な土地を求めてさ迷い歩かなければならなかった。

福島さんは「将来の農業」の方向について
国民皆農といいますのも、小さな村に住んで一生そこで過ごして、それで満足できる人生
観を確立する、こういう方向にもっていくのが私の目標でもあるし、現在、私の百姓仕事を
手伝ってくれている青年が、七、八名、山小屋の中で共同生活をしておりますが、これらの
青年の、一つの夢というのも、やっぱり、なんとか百姓に、新しい村づくりというか、部落
づくりというか、そういうものをやってみたいという目標があるわけです

と書いている。僕は、福島さんのこの考えを批判するつもりはない。僕個人としてほとんど
それに近い生活をしている。しかし、

人類の歴史が示していることは、仮に、自然の扶養力だけで生活できる土地があるとすると、
その周囲から新たな人口が流入してきて、もはやその土地の自然の扶養力だけでは間にあわ
なくなり、大規模な治水潅漑施設、運河、肥えなどを持ち込んで、自然の生態系に大きな撹乱
要因を持ち込むということであった。
例えば黄河文明と長江文明の交錯と攻防は、数百万から数千万人というレベルの人間の死を
かけた自然の人口扶養力とそれを超える人口扶養力を求める攻防の歴史であったと見えない
こともない。尤も、こんなことをつべこべ書いていること自体無駄なことかもしれないが...。
(人類の農耕の歴史については、多少は参考になることが「講読の部屋」の「女の全盛時代」に
掲載してある。参考

)最近、狩猟・採集から農業への移行を産業革命のような劇的な変化と捉えることに
疑問を投げかける研究がでてきているそうだ。古代の遺跡から発掘された栽培種のコムギ
やブドウの遺物の研究を通して「どうも栽培したり止めたりしているらしい。おそらく農
業というものはなんらかの理由でやむなく始められたもので、必要なくなったらまた止め
てしまうんですよ」という見方が提出されている。
つまり産業革命のように、いったん産業革命を経験した文明は、再びそれを放棄して手工
業的産業に後戻りすることはないが、農業の場合は必ずしもそうではないというのだ。
この仮説の通りだとすると、その理由は採集生活に比べて農業がそれほど生産的ではなか
ったか、あるいは栽培農業を始めたことによって自然環境を変えてしまって栽培農業を続
けていく基盤を失ってしまったか。
ユーラシアの各地に見られる「農業の失敗」によって放棄された文明の例を指摘しながら
この研究者は、
安定している生態系に他の生態系を人工的に相互作用させるとしっぺ返しがくるという
ことです。水や肥料などを持ち去られた生態系は傷み、持ち込まれた生態系には負担がか
かってしまいます。生態系間の持ち込み・持ち出しを極力しないことを原則にすべきです

と提案している。
この提案は、一方では、福島さんの提案する自然農法の四大原則が生態系の原則に沿った
本当に深い知恵を顕しているかに見えるが、他方では人口増加やその他の理由によってこ
の「原則」を貫けなかったことを示している。言い換えれば、耕す、潅漑する、肥料を持
ち込む等が避けられなかった。つまり自然に任せ、自然の齎してくれる肥沃さに任せてお
いたのでは土地面積あたりの人口扶養力は、現実の人口増に伴う食糧増産の要求に応えら
れなかった可能性を示している(「人類はなぜ農業を始めたのか」から:参照)。
尤も、産業革命による変化が後戻りすることはないかどうか、まだ断言の限りではない。
栽培農業を始めたり止めたりというのは数千年というレベルの話だが、我々はまだ産業革
命を開始してから、高々、百-二百年しか経っていない。

by agsanissi | 2007-07-18 07:13 | 考える&学ぶ


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