2007年 07月 21日

土を考える/稲作文化と畑作文化/7


長江文明の発見者の一人安田喜憲さんは、黄河文明と長江文明を比較して二つの文明の型
について言及している。「人類には2つの文明があると考えています。ひとつは、文字、金属器、
都市、城壁をもった畑作牧畜系の文明です。文字が生まれたのは税金を徴収するためであり、
金属器はやがて武器として発展します。もうひとつの文明は文字や金属器を持たない、深い
森に囲まれて生活していた、稲作漁撈系の文明です。日本の古代の文明も、マヤ文明も、
インカ文明も、森の文明でした。これから、私たちが模範とすべき生き方は、稲作漁撈の文明
だと思います
」(参照

僕は、自分に都合の良い一方的な議論は頭から信用しない。稲作漁労の文明を称揚すること
が、安田教授の「都合に良い」のかどうかは知らないが、この手の余りに明快な対比的類型化
は「おい、ちょっと待てよ」と眉に唾を付けたくなる。

長江文明を発掘した偉大な功績は、間違いなく第一級のものだ(参考)。しかし「畑作牧畜民
は森を破壊」し、稲作漁労の文明は「森の文化」だなどと云うのは、環境問題に事寄せて
長江文明の意義をユートピア的に肥大化させた議論、率直に言って単なる愚論でしかない。
それとこれは全く別事だ。
稲作漁労文明は税金を徴収しないのか?稲作農耕文化は鉄製農具を使わなかったのか?
稲作文明は国家を持たない部族連合社会に留まっていたのか?日本で、前二世紀に大規模
な全国的争乱の時代を迎えたと考えられているが、あれは稲作漁労文明の生み出した生産力
の発展による余剰力のお陰ではなかったのか?
ここで指摘された対比は、時に文明の発展段階の相違であり、時に気候環境など風土的要因
の相違であり、あるいは周辺文明との発展段階や交錯の度合いの相違に基づくものだと考える
ほうが、より合理的だと僕は考える。
例えば、最近盛んに「稲作農業は環境調和型だ」と喧伝される。しかし水田農業と環境との関係
は、湿潤温暖地帯と乾燥地帯、あるいは熱帯地方とでは全く異なる作用と反作用があるはず
であり、「自然的・社会的条件によって大いに異なる」ことが指摘されている(参照)。
つまり水田農業の行われる自然環境と社会的条件によって環境に対して、時に調和的でも
あれば、破壊的でもある。しかしある許容範囲を超えた集積的農業が行われるようになれば、
概ね破壊的に作用してきたのが歴史的事実ではないのか?
そんなことは常識じゃないかと僕なんかは思うが、比較文明の類型論者はそんな常識も忘れ
て、畑作牧畜文明は破壊的、稲作漁労文明は環境調和的などの阿呆な議論にうつつを抜かせ
て悦に入っている。
安田教授は、黄河文明と長江文明の対比を「森との関係」で論じ、一方を戦闘的・開発型と
捉え、他方を牧歌的・平和的イメージで捉えた。それ自体の文明の性格に限定すれば、その
通りの可能性もある。しかしそれを畑作牧畜文明と稲作漁労文明の普遍的性格であるかに
一般化すべき根拠は何もない

しかしこの比較文明論を「エコシステムで果たす人間の役割」というファクターを入れて、
回収型農業と流出型農業とに類型化して環境に対して調和的・破壊的と普遍化した議論があ
る。「沙漠を緑化するにはどうすればよいのか」と題する永井俊哉さんの「連山」投稿論文が
それだ(参照)、こう書いている。
大まかに言って、小麦栽培と牧畜から成り立つ西洋の農業は流出型農業であり、米と豆の
栽培から成り立つ東洋の農業は回収型農業である。この違いの発祥を、私たちは四大文明の
時代にまで遡らせることができる。

西洋文明では、小麦栽培と牧畜をセットにした農業が行われた。小麦は、必須アミノ酸の
うち、リジン、メチオニン、スレオニンが少ないので、肉や乳製品で、不足したアミノ酸を補わ
なければならない。このため、これらの 西洋文明は、家畜の肉を入手するために、森林を
大規模に伐採し、牧畜用の草原を作った。

西洋文明は、森を伐採し、麦畑を作り、家畜を飼った。彼らは小麦と家畜の肉を食べてできた
人糞尿を有効活用することなく、ごみとして捨てていた。

これに対して、東洋の長江文明では、稲と豆が栽培された。米は、必須アミノ酸のうち、リジン
だけ足りないが、リジンは豆で補うことができる。今でも中華料理には、豆腐を始め豆料理が
多いが、その起源は長江文明にまでさかのぼるのかもしれない。

長江文明でも、人々は豚をはじめとする動物の肉を食べていたが、西洋文明のように、大規模
な森林伐採を伴う本格的な牧場開拓は行わなかった。栄養学的に言って、陸上動物の肉を
食べる必要がなかったからである。米と豆と魚介類と野菜を食べれば、必要な栄養はすべて
とることができた。

古代文明に要素栄養学の知識があったのかどうかはとんと知らぬが、要するに
西洋文明は肉を食う⇒牧畜用草原⇒森林伐採、かつ人糞尿はゴミとして捨てた
長江文明は肉を食わない⇒牧畜用草原はいらない、人糞尿は活用
というだけの話だ。
肉を食う食わないでは、どちらも食っていた。東洋は本格的に食わなかったから森林の大規模
開発は行わなかったというが、西洋でも大規模開発が行われたのは、例えば古代ローマでは
オリーブ油、葡萄酒、小麦生産を中心とした小規模経営が没落して、大富豪による奴隷労働
を利用した大規模土地所有経営(ラティフンディウムと云う)が一般化してからである。また
イギリスでは、独立小農民が没落して大規模な土地囲い込み(エンクロージャーと云う)が行わ
れたのは15世紀半ば以降であり、約150年間に全国土面積の3%弱が牧羊地に変えられた。
食肉用の羊が羊毛用に転換され大量に国際市場で販売すれるようになったためである。
イギリスの農民は羊に土地を奪われ、羊毛は国外に流出し、農民は飢えていた
当時の農民の里謡は
羊はわれらの牧場もわれらの原も/われらの小麦もわれらの森林も/村中町中食い尽くした
と歌っている(オーウィン「イギリス農業発達史」から)。
レバノン杉で有名な森林が荒廃してしまったのは、肉を食うためか?都市文明の発展による
木材需要の急増(公共事業、造船など)や製陶=冶金技術の発展により大量の燃料消費用木
材が必要になったこと等が原因と考えられている。
大規模な森林伐採を行うには、それに必要な技術、財力、そして何よりも大規模土地所有が
前提となる。ローマでは独立小農民の土地所有を守ろうとしたグラックス兄弟の大規模な社会
変革の戦いとその敗北の歴史が、大規模開発への一里塚となった。要するに土地所有関係を
基礎とする社会システムの変容を前提にして大規模開発が行われた
。栄養学的に肉を食わね
ばならぬから大規模森林開発が行われたなどの議論は阿呆臭くて漫画にもならぬ。単なる
無知ならまだ良しとして、栄養学のつまみ食いと、社会システムの変容に伴う農民の土地喪失
大規模土地集積に伴う哀歌を忘れて「肉を食う」ためだなどの議論は庶民の苦しみを余所に
した為にする議論以外のなんでもない(ゴッホの「ジャガイモの絵」を見てみろ。ジャガイモ以外
に食卓に肉が乗っているか?!)。
西洋は人糞尿を使わなかったか??
安田徳太郎「人間の歴史」第3巻には、こう書いてある。
世界中で、アジアの水田耕作民だけが、人間さまの大小便を肥料にしているというのは、
大いにでたらめである。ド・カンドルも、はっきり、ヨーロッパの農民は大昔から、家畜の糞尿だ
けでなく、人間さまの大小便をも、盛んに肥料として使っていたと述べている

では、なぜ人糞尿を使わない=ゴミとして捨てていたという「伝説」が出来たのか?
僕の予想では、可能性として二つ考えられる。独立小農民が没落して大規模土地所有が一般
化すると人糞尿を肥料として使うには集積・運搬・散布などの技術的条件が整わなくなったこと
が一つ。もう一つはキリスト教による「神に対する冒涜」などの観念論の横行。
後者について、安田さんは、こう書いている。
キリスト教は中世以来、大小便を汚らわしいとして、小便も隠れてしゃがんでするように盛ん
に説教したが、農民の男女は馬の耳に念仏で、やはり昔どおりに、そこらに垂れ流しをしてい
た。だから封建貴族は、彼等をケダモノだと軽蔑した

:日本の水田農業が、人糞尿の利用を通して、かつて持っていた環境浄化能については
「講読の部屋」の「ウンコに学べ!」を、また古代社会以来の人糞尿の肥料としての広範囲の
利用については「女の全盛時代」を参照、07/07/22追記)

文明は、それぞれの風土的環境の中で、その環境に相応した形態で発展する。その形態が
環境との関係で調和的か、破壊的かは、その文明の置かれた自然条件や社会条件によって
規定され、畑作文化であれ稲作文化であれ、時に調和的であり、時に破壊的である。
しかし概ねどちらの文明にせよ集権的・集積的開発が進められれば破壊的である。
[PR]

by agsanissi | 2007-07-21 23:26 | 考える&学ぶ


<< 土を考える/日本人は稲作農耕民...      お知らせ >>