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2007年 12月 06日

食料自給を考える/比較優位という幻想/2

一般論として、経済学の合理的判断が社会的不合理を招く事例はいくらもある。
まして「リカード以来の国際分業の原理」が比較優位の原則に基づいて貫徹された時代が
どれほどあったというのだ?!
19世紀後半から20世紀初頭にかけて帝国主義と植民地支配の時代、そのうち1930年代
から約十五年はブロック経済の時代、第二次世界大戦後の十数年はヨーロッパと日本は
戦後復興の時代、アフリカ諸国の多くは依然として植民地支配下に据え置かれ、世界は社会
主義圏と資本主義圏に分断され、つい20年前まで「冷戦」時代が続いた。いったいどこに
自由で公正な競争を前提にした「国際分業の原理」が成立するような国際的条件があった
だろうか?
それとも植民地支配の下で、原料・食料の供給基地としてモノカルチャー経済を押し付けられ
宗主国経済の従属化に置かれたことも、「比較優位の原則」の名の下に合理化するだろうか。
そもそも外貨準備に余裕のない時代、仮に70年前、60年前、50年前、40年前に「リカード
以来の国際分業の原理」を振りかざして「食料自給のナンセンス」「農業不要論」を論ずるだけ
の蛮勇はお持ちだろうか?
前提条件が根本的に違うとすれば、40-70年前には、日本農業に国際的な「比較優位」が
あったとでも云うのだろうか?

明治以来の「主要輸出品の長期推移」統計(参照)をじっくりと眺めてみると、中々、面白い。
19世紀後半は生糸とともに茶、米、水産物がかなりの比重を占めている。20世紀の30年
代までは生糸・絹織物、綿糸・綿織物が圧倒的割合を占め、その説明にある通り
戦前を通して、長く輸出品1位の座を維持していたのは生糸であり、まさに製糸女工の
おかげで機械設備や軍艦などを購入する外貨を獲得してきた。


劣悪な労働条件と低賃金を武器に、時に価格ダンピング政策を交えて必死で外貨を稼ぎ、
帝国主義列強に伍する軍事的強国にのし上がるために重化学工業化を推し進めた。これ
をしも「リカード以来の国際分業の原理」で説明するだろうか?
一方、戦後の主要輸出品を占める鉄鋼、船舶、自動車、電子の輸出割合の推移を眺めて
仮に1960年、70年、80年、90年を輪切りにして、夫々の時代に「比較優位の原則」を
盾に、例えば「比較優位のない自動車を日本で生産するのは不合理である」等々と云い立
てることが合理的主張と云えるだろうか?

要するに、「国際分業の原理」「比較優位」に基づく農業不要論は、初めに「農業は不要だ」
という議論ありき
で、それを国際分業論で尤もらしく装っているに過ぎない。
農業不要論そのものについては、「耕す生活」で05/04/23から書き始めた「日本に農業
いらないか」(参照)で、シリーズで考えてみた。
都村長生氏の「世界一高い土地で世界で一番高い人件費をかけて、世界で一番付加価値
の安い農産物を作ってビジネスが成立するはずがない

という議論を対象に取り上げたが、これは基本的に比較優位論を地代、労賃、付加価値に
分解して言い換えたに過ぎない。
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by agsanissi | 2007-12-06 07:06 | 考える&学ぶ


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