農のある風景/作業日誌/ようこそ!!荒木農場へ

sanissi.exblog.jp
ブログトップ
2008年 01月 31日

食料自給を考える/デフレ時代の農業・農村/18

第11回で触れた【グローバリゼーションと日本農業の基層構造】は、ユニークな本だ。
どういう点で、ユニークか?
・農村・農家、或いはムラ・イエを、単なる過去の遺物(家父長的・前近代的)とは捉えない。
日本の風土と歴史の中で育まれた独特な共同体として捉え直す(⇒「江戸時代にイエとムラ
という形で制度化された地域資源の管理と利用の集団的システム」29.p)。
・更に、ムラ・イエは、グローバリゼーションによって、「国家が後退」する時代の地域の生活と
生産を再生する場であると提唱する(⇒「デフレ時代に必要な問題提起は、むしろ地域の生活
と生産の見直しによる農家レベル、消費者レベルの自給、地域レベルの自給であって、退場
しつつある国家ではない」39.p)。
◆イエとムラを、「地域資源の管理と利用の集団的システム」として捉え直そうと云う視点は
興味深い。二点、疑問を持つ。「過去の遺物」という側面は、やはり拭えないのではないか。
二面性を持つという捉え方が実態に即しているのではないかという疑問。しかし70-80年代
以降、急速に解体し、退場しつつある国家に代わって地域レベルの生活と生産の再生の場
として機能しうるだけの実体があるのかという疑問。イエ、ムラを片仮名にする意味は何?

・80年代にインフレ時代からデフレ時代に転換(⇒「90年代からの長いデフレは、グローバリ
ゼーションの一面だ」75.p)したとの基本認識に立って、デフレ時代における農業・農村・農家
の、自立した独自の生き方を提唱する。その中で、特に兼業農家に焦点をあて、兼業農家は
消え行くべきものではなく、日本の農村の独特な基層構造をなすものと捉える。
・またグローバリゼーションを、農村にとっての脅威とのみ捉えず、国や自民党政治に頼らず、
独自に自立した生活を支える新たな可能性を広げるものと捉える(⇒「IT革命を柱とするグロー
バリゼーションを通じて、自民党の先生や農業補助金以外に村を支えてくれる住民たちとダイレ
クトにつながる可能性が広がってきていることを認識する必要がある」39.p)。
◆高米価政策が「兼業農家」が根強く残った主因だとする浅薄さに較べれば、遥かに実態に
即した捉え方とは思うが、日本の農村の「基層構造をなす」とまで云えるかどうかには疑問が
ある。一方、グローバリゼーションについての捉え方は、全面的に賛成だ。これはグローバリ
ゼーションに賛成か、反対かという問題ではない。歴史的に不可避的な過程として捉えた上で
どう対処していくかという問題だ。「忍び寄る農村恐慌」を煽り立て、グローバリゼーションによっ
て、農村は壊滅的打撃を受けるかの主張は、数十年前の左翼の万年「全般的危機論」の焼き
直しに過ぎない。

以上は、基本的認識。以下、例によって簡単な摘記を作っておく。
▽インフレ期の農政の特徴は(戦前期を含めて)、
・都市への食料供給を増やすための増産政策=農業近代化政策に集中するところに特徴が
ある。インフレ期の農業政策を、一言で特徴づけるなら「行け行けドンドン」である。34.p
・戦後の高度経済成長期は、旧農業基本法の選択的拡大政策である。構造改善事業という
名の土木事業、補助金、価格支持、融資、機械・設備補助、試験場技術などなど、増産政策の
すべてが大都市における食料品物価抑制のために投入された。結果として、コメをはじめ果樹
や牛乳など「選択された」品目は1980年代には見事に過剰となった。アメリカの圧力による
農産物輸入の増加も見逃せないが。35.p

▽戦後農政の「型」創出
・1942年に成立した食糧管理法による米麦の国家管理こそ「戦後農政」の機軸であった。
1937年の日中戦争開始以後、日本は高度成長期と同様に「重化学工業化」、「都市化」「イン
フレ」が進行していた。そこで政府は、農家に増産と供出を促すために奨励金・補助金などの
名目で買上価格を引き上げ、一方、インフレ抑制と家計安定のために消費者米価は据え置い
た。これが生産者米価の方が消費者米価よりも高い逆ザヤ価格体系の始まりである。57.p
・1970年から、米価抑制を柱とする総合農政が展開された。これは「工業部門で発展してきて
いる装置化とシステム化の動きを農業部門に導入し、大量生産、大量出荷によって農業の飛躍
的進歩」を目指すものであった。ポイントは大胆な経営規模拡大を農政の柱に据えたことで
ある。61.p
◆戦後農政の「型」創出の起源を、40年代の戦時体制の下での国家管理政策に求める考え
は、特に独創的というわけではないが、基本的に正しい。

▽デフレ時代の農業・農村・農家
・今の農村で起こっていることを一言で特徴づけるなら、それは全般的なデフレ現象である。
一つは、農産物価格の下落と農業の所得の減少であって、米を始めとして過剰基調にある
作物の価格は需給をダイレクトに反映して大幅に下落し、とりわけ専業農家の家計を直撃して
いる。その背景に、1980年代以来の農業政策をめぐる世界的な自由化の動きがあることは
云うまでもない。37.p
・デフレ時代に必要な問題提起は、地域の生活と生産の見直しによる農家レベル、消費者レベ
ルの自給、地域レベルの自給であって、退場しつつある国家ではない。39.p
・近代以降、日本の農業・農村・農家は何度も深刻なデフレを経験してきた。その時々の対応策
は、いつも基本的に同じであった。第一に、農業だけではなく、地域の諸々の実業を総合的に
捉え、第二に、その調査・点検によって、利用可能な資源を発掘し、第三に、地域全体の総合
的な振興計画を農家レベル・集落レベルから積み上げて作ることである。その際、第四に、出来
る限り自給して、現金支出を農家でも地域でも抑え、倹約と勤労の小さな合理化、工夫を積み
上げること、そして第五に、一番重要なことは、依存意識を廃して自力更生の精神を鼓舞するこ
とである。85-6.p
・今の農業・農村・農家にとって最も必要なことは、工業を追いかけて壊してきてしまった農業
のあり方を農の原理に引き戻すことである。とりわけ、家畜を生き物扱いしていない畜産はそう
である。但し、それは直ちに有機農業を意味しているのではない。「農薬の助けを借りたほうが
良いこともある。大切なのは、それを目のかたきにすることではなくて、化学肥料や農薬で自然
の営みと循環をぶちこわさない」ことである。だから大切なのは単なる食品の安全性や自然
環境ではなく、自然の営みと循環が維持されていく持続性の方であることを都市の生活者にも
伝えることである。
それは農法だけに限らない。農村の人付き合い、農家の暮らし方、子育ての仕方もそうである。
農村に暮らすことに劣等感を感じ、都市の消費依存の生活を真似していたとしたら、それを
真剣に反省して見る必要がある。87-8.p
◆ほぼ全面的に同意できる。
[PR]

by agsanissi | 2008-01-31 08:09 | 考える&学ぶ


<< 食生活を乱したのは誰?      自縄自縛/阿呆かいな!! >>