農のある風景/作業日誌/ようこそ!!荒木農場へ

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2008年 02月 01日

閑話休題/食と農のドロドロ

実は、今日は昨日の「続き」を書くはずだった。というより、殆ど書いてしまって、
長過ぎるので半分にして前半だけを載せた。

後半を、やや手直して載せるつもりだったが、国民生活センターのメール便を
読んでいるうちに、”ギョウザ事件”の異常さに呆れてしまって、方針変更。
(岩手に居れば、新聞もテレビもないから、こんな雑音は入ってこないし、ネット
やメールだけでは、その異常さは伝わりにくいから、全然、見向きもしなかった
かも知れないけれど、テレビや新聞のお蔭でアンプリファイされているかな?)

「手軽さ」を求める消費者の本音を衝いた引用をしたけれど、さらに考えてみれば、
胃袋を満たすという本能的な行為さえ、工場生産という機械化されたプロセスの
一部といってよいほどの延長上にあるという異常さが事の本質
ではないかと思う。

ジョージ・リッツアの【マクドナルド化する社会】を読もうと思って、机の脇に積んだ
ままになっているけれど、予想では素材の原料肉の製造からマクドナルドの製品
として消費者の口に入るまでの全行程、販売店員の口調までも含めての全行程
を、徹底的に簡素化し、マニュアル化し、合理化した社会のモデルを描き出して
いるのだろう。
”ギョウザ事件”を見ると、日本人の胃袋のかなりの部分も、このマニュアル化した
工場生産の延長上にある
と見てよい。自分でやることといえば、チンするだけ。
だから、食の安全・安心を問題にするなら、本当は、超マニュアル化した社会、それ
を可能にしているグローバル化した多国籍企業の支配を拒否するしかないのだ。
その支配力は目も眩むばかりに巨大で・強大だけれど、消費者がそんなマニュアル
化され、均一化された食材を拒否して、文字通りの手作りに徹すれば、一夜で崩壊
してしまう脆さも内包している。
尤も、そうすれば今日の産業社会の繁栄の三分の一以上は消えてしまうけどね。
僕の考えでは、地球環境問題の大部分はそれで解決するけれど、肥満の根源にある
贅沢病はそのままで(遺伝的なインシュリンの機能障害は別にして)、糖尿病だけは
避けたいという身勝手さだもの、お話にならないね!!

本当は、こんなことを書くつもりじゃなかったけれど、閑話休題の気軽さで脇き道に
話が逸れてしまった。

後半の議論は、兼業農家がなぜ根強く残っているかという話題が中心だ。
【グローバリゼーションと日本農業の基層構造】の玉氏の意見では、ムラ・イエという
江戸時代以来の日本独特の共同体的な縛りが、離農・土地の売却、農地の集積を
阻んできた要因だというものだ。感覚的には10-20%程度は、その種の要因もある
かなというのが、僕の意見だ。
ところで、さっき言及した【日本の食と農】の第四章、五章のテーマは「農地と政治」で
農地をめぐる”ドロドロ”の政治力学」221.pを扱っている。零細農家、JA、JAの後ろ
にいる農林族議員、農水省、土建業界の一体となった政治力学を扱っている。
これを読んでみると、ゾーニングの曖昧さとか、農地価格の異常高とか、日本独特な
共同体的縛りとかの、そんなきれい事の議論では、到底済まされないことが分かる。
神門氏は「日本では土地がらみのことに下手に首を突っ込むと、身の危険にさらされ
かねない
」128.pと書いているけれど、先に進むのはここでの議論を熟考してからだ。
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by agsanissi | 2008-02-01 09:27 | 考える&学ぶ


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