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2008年 02月 16日

「効率最優先」の農政が問題なのか?

今日は、問題提起だけ。

08/02/07の農業協同組合新聞「農協時論」に北原克宣立正大学准教授が「効率最優先
の農政から脱却を」と書いておられる(参照)。

「日本の農業はどうあるべきか」のテレビ討論の紹介から書き始める。
・自給率に囚われるべきではないとする論者は、市場原理による強い経営体の育成を
謳い、自給率を重視する論者は、補助金による農業保護を主張するという構図は同じ
であった。
・討論を見守っていた一般参加者に対して、「日本農業はコストをかけて維持すべきだ
と思いますか」との質問がなされた。“コストをかけて”という質問の仕方に意図的なもの
を感じながら観ていると、予想した通り、会場の女性から「私は会社員ですが、私の会社
では日々、コスト削減のために努力しています。農家の方も保護してもらうことを考える
前に、まず経営努力をすべきではないでしょうか」との発言があった。

そして筆者の意見、
私たちの社会は、いま「コスト=無駄」という図式を無批判に受け入れ、あまりにも効率
だけを重視し過ぎてはいまいか
、と問題提起した後、
・市場の失敗
・効率重視に伴う著しい社会的格差の拡大、を指摘し

効率や利益を追い求める競争原理は、教育や医療にはなじまない。この点からすれば、
自然を相手にし、人命を支える食料生産を担う農業にも同じことが言えよう。行き過ぎた
効率重視社会が、何をもたらしたのか。2007年の流行語大賞に「食品偽装」が入賞した
事実を、私たちは重く受けとめなければならない。


では「「効率最優先の農政から脱却」して、どこへ向かえというのか?
従来の政策は、一方では、工業製品の輸出による貿易黒字の確保、他方では世界市場
における余剰農産物の存在を前提条件として成り立つものであった。しかし、先に見た通り、
世界情勢とその日本経済への影響は、もはやこの二つの前提条件を崩しつつあり、この
事実を踏まえた農業政策への転換が求められているのである


そして、最終結論。
日本の農業政策に求められるのは、生産調整の単なる手直しではなく、食料生産全般に
わたる国家戦略を明確に示すことであろう。

ご本人は、何か大層な意見を述べているかに錯覚しているかもしれないが、空疎な空文句
に過ぎない。

一昨日、僕は、「阿呆臭い戦略を立ててメダカの鼻面(?)を引き摺り回して、奔命に疲れ
させるよりは遥かに増しだ」と書いた。これは、単なる思いつきでも、皮肉でもない。僕の、
昔の専門は幕末及び戦間期の政治外交史、とりわけ政治的意思決定の過程の研究だっ
たけれど、それを踏まえての、やや信念に近い意見だ。

では何が問題か?
本当に、日本の農政は「効率最優先」だったのか?
1961年、農業基本法が制定され、農業生産性の向上と選択的拡大を謳ったとき、北原克宣
氏の先輩諸氏も、基本的に同じパターンの批判を叫んだ。以来、ほぼ50年間、馬鹿のひとつ
覚えのように、生産性向上を謳う農政とそれに対する農政批判を繰り返してきた。

頭の空っぽな双生児のように、この農政にして、この農政学者あり、の好一対を成して来た。

で、日本の農政は、本当に「効率最優先」だったのか???
本当に、それが日本の農業の本質的問題だったのか??
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by agsanissi | 2008-02-16 07:52 | 考える&学ぶ


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