2008年 02月 17日

曖昧さの「安心と不安」

08/02/15発行のJMM『オランダ・ハーグより』/第185回「てろてろ」と題する
ハーグ在住・化学兵器禁止機関(OPCW)勤務の春具氏の、エッセーは、いろ
いろな意味で面白い。エッセーの全文は、来週にはJMMのサイト(参照)で読め
ると思うけれど、僕の視点から見て「面白い」と思う論点を摘記しておく。
今回は、殆ど全文が引用だから文字色は変えない代わりに、段落ごとに▽を
付けておく。

久しぶりに帰国して、日本のテレビの話、
▽例によってメディアでは、大学の先生、評論家、ジャーナリスト、「食品表示アド
バイザー」などというわたくしははじめて耳にする専門家の方などなどの、識者・非
識者のみなさんが喧々諤々、意見を述べておられたが、いずれもコンプライアンス、
悪意の犯罪、業務上過失なんぞの文脈で、穏当なアプローチで論じておられました。
▽だが、おもしろく思えたのは、わたくしの見聞するかぎり、この事件をテロリズム
の視点から論じた論者がほとんどいなかったことである(数人はいたらしいけれど)。
これは興味深いことではないかと思うのですね。なぜなら、ヨーロッパに住んでいた
ら、これだけ不気味な事件ならば、すわテロか、と即座に反応すると思うのです。怪
人二十面相かアルセーヌ・ルパンの仕業と思われるほどの奇怪な事件なのに、だれも
テロだとは思わない、思っていない。
▽クリントン政権で国家安全保障問題補佐官を勤めたアンソニー・レイク氏は、テロ
であれ、事故であれ、確信犯罪であれ、わたくしたちはあたらしいタイプの事件に遭
遇すると、往々にして既製の思考回路をもって出来事を捉えてしまいがちである(と
論じている)。
◆これは、僕も実に不思議に思うところだ。08/02/01の「食生活を乱したのは誰?」
の中で、
中国の、たった一社の工場から始まった事件か事故が、こんなに広範囲な騒動を引き
起こせるとすれば、遅効性の毒物を意図的に混入して、冷凍食品として持ち込めば、
日本中を大混乱の巷に簡単に叩き込めるな、と考えるようなテロリストがいないこと
を願いたいね。

と書いたけれど、現状は様々な偶然の要素に恵まれて「安定」しているかに見える
けれど、物凄い脆弱性を内包した国家だと考えている。
こういう論点から論じないというのは、何か暗黙の了解でもあるのじゃないか、いわゆる
「空気」とも言うべき、一種のタブーでもマスコミ界にあるのかと疑いたくなるね。

▽彼の流儀にならうならば、テロ対策は想像力の枯渇により、往々にして後手にま
わってしまう。ですから、たかがギョーザなのでなく、こいつはテロかもしれないな
と想像しておくことが必要ではないか、とレイク氏はすでに言っているのであります。
なにしろ今夏には、北京でオリンピックが開催されるのだ。テロリストが予行演習を
したっておかしくないのではないか。
▽そして犯罪がテロリストの仕業だったらどうするか。どのように扱うか。

◆この後、テロリストという、最初から近代法の埒外に立っている被疑者を「公平に裁
く」ことの難しさを論じた後、
▽ギョーザ事件の容疑者が捕まって、テロリストグループの仕業という疑いがでよう
ものなら、ひとびとは興奮し、即座に有罪を叫び、刑の執行を叫ぶのではないか。そ
の様(さま)を想像すると、わたくしはイラクにおけるサダム・フセインと彼の閣僚
たちの裁判を思い出してしまう。大衆の興奮は、往々にして事実の確認と冷静な判断
にもとづいてはいないだけでなく、興奮は陶酔となって収拾がつかなくなるのであり
ます。わたくしはその興奮が「法の支配」をなおざりにすることを危惧するのですね。
杞憂だよ、日本はイラクとは違うよとおっしゃるかもしれないけれど、どこの国でも、
メディアと大衆はお互いに寄りかかり合いながら共存しているのであります。

◆一種の集団ヒステリーに陥りやすいかどうかという点で、国民性があるのかどうか
僕には分からないが、「とにかく一朝事があると、日本人はメダカの群れのように、誰が
指令するわけでもないのに、見事に同じ方向を向いて走り出す」(08/02/14参照)
性向があり、かつマスコミはそれを煽り立てるという点で、杞憂でもなんでもないと考え
ている。
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by agsanissi | 2008-02-17 04:20 | 考える&学ぶ


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