2008年 02月 20日

どう考えたら良いのか?

今日の太田述正コラム(No.2371)に、つぎのような記事が載っている。
日本政府の最近の調査によれば、外国人観光客の日本観光の目的は10人中7人までが
食だ。
昨年11月ミシュランが初めて東京のレストランのガイドブックを出したが、このガイドブック
によれば、パリ約2万店、ニューヨーク約2万3000店に対し、東京にはレストランが16万店
もある。
しかも、ミシュランが一つ星以上を与えたレストランは、パリ98店、ニューヨーク54店に対し、
東京は191店もあった。最高の三つ星が与えられた東京のレストランは8店あり、そのうち
5店が日本料理店、3店がフランス料理店であり、星が与えられたレストランの中にはイタリア
料理店、スペイン料理店、中華料理店やステーキハウスもあった。
これほども日本の料理の質が高いのは、魚文化のせいだという意見がある。
漁師達は鮮度を維持するため、水揚げしてすぐ血抜きをし、とれた海域と同じ温度と塩度の
水の中に、しかも傷がつかないようにパックして築地へと送り出す。


一方で、食生活の崩壊とか、日本人の食の堕落が論じられている。僕も書いてきた。
他方で、世界的に見ても超高級のレストランが東京にはある。

どちらか一方のみを取り出して、日本の食を論ずることが出来るのか?
あるいは、東京のようなあり方を、単なる例外と見るか?
それとも東京のような突出した例を含めた日本の食文化の(あるいは、もっと一般的に、
グローバリズムの一側面というような意味合いで)、ある種の「到達点」のようなものを
考えられるのか?
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by agsanissi | 2008-02-20 07:12 | 考える&学ぶ


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