2008年 05月 11日

老衰死

月初めの高温は一時的な例外で、段々に気温が下がってきた。昨日は雨がちという事もあったが、
最低・最高気温が4/6度と、二ヶ月ほど季節がさかのぼった陽気だ(陰気と云いたいところだな)。
内陸には霜注意報まで出ている。
出芽したジャガイモが遅霜で被害を受ける確率は、十数年に一度だが、今年はそんな可能性も
なきにしもあらず。尤も、仮に被害を受けてもジャガイモは次の芽がやや遅れるけれど出芽する
から、大丈夫。

「老衰」に向かっている人に、「あなた、間もなく老衰死です」と宣告するのは憚れるが、産業
ならそれも良いのか?
今週の【日経レストラン】(登録するとWEBサイトで読める)に「老衰に向かう日本の農業」(参照
という記事が載っている。「食の未来は大丈夫か?」というシリーズ記事の第7回目だ。参考に、
今までの内容を紹介しておくと、以下の通り。
地球規模の食料危機回避へ(後編) (2008/04/21)
地球規模の食料危機回避へ(前編) (2008/04/10)
人口大国が「食」を食べ尽くす (2008/04/01)
「食料自給率」ではなく「食料自給力」を重視すべきだ(後編) (2008/03/26)
「食料自給率」ではなく「食料自給力」を重視すべきだ(前編) (2008/03/19)
「食」を輸入に頼る危うさ (2008/03/10)

十数年前から、僕は「農業は過去の産業ではなく、これからの産業だ」といい続けてきたし、
今もそう云っている。
中国・インド人が「日本人なみに食べるようになったら、食料は忽ち枯渇するよ。間もなくそう
なるから」というのが論拠の一つ。もう一つは、過去の蓄積を費消するタイプの産業と違って
太陽と水と大地のエネルギーを直接に利用して再生産するタイプの産業だからというもの。
十数年前は、こんなことを云ってもあんまり本気にされなかったけれど、最近は両方とも、
かなりの現実味を帯びてきた。
去年の末に、「食料自給を考える」を書き始めた頃は、そんなものは「空騒ぎ」だから、扱うに
及ばない無駄な所作だと言われものだが、この数ヶ月、ひょんな餃子事件まで舞い込んで
食料自給や食糧危機をめぐる話題が、俄かに盛んになった。でも大方は、口先議論だ。

「日本に農業はいらない」と攻撃されれば、何を阿呆なことを言ってるんだと反論する元気も
でるが、「日本の農業は老衰に向かっている」と云われては、とても「そんな馬鹿な」と反論
する元気もでない。紛れもない事実だからな。
今回の記事の冒頭の「農業従業者の年齢構成」の円グラフを見ると、僕が農業を始めた頃は
自分も「8.1%の年齢階級」に属したけれど、そのまま持ち上がって、いまは「30%の年齢
階級」にシフトした。
このシフト傾向と、従ってまた「産業としての老衰死」の基本的傾向は変わらないようだ。
「品目横断的経営安定政策」だの、それでは零細農の切捨て政策だの、そんな批判を受けて
「水田・畑作経営所得安定政策」と名称を変えて見ただのとやっているようだが、「老衰死」と
いう現実は何にも変わらないし、僕が就農してから十数年、変わる兆候は一向に見えないね。
[PR]

by agsanissi | 2008-05-11 06:07 | 参考記事


<< 「政治的空白」      寒暖差 >>