2008年 05月 14日

「政治的空白」

今から145年前の5/07~5/13の一週間は、もち論、旧暦の話だが、対外的に深刻な危機に
見舞われていた。普段は、インドか支邦を母港とするイギリスの極東艦隊の九隻が横浜に集結
し、江戸に対する全面砲撃の体勢に入っていた。
前年の9月に起きた、いわゆる生麦事件(島津藩の大名行列に間違って踏み込んだ英国人が
殺傷された事件)の賠償金支払い期限が5/07に迫っていた。一方、家茂将軍以下の幕府首脳
部は京都に、いわば「人質」のような格好で京都に留め置かれ、5/10を期して外国人を全面的
に追放する攘夷戦争に突入するとの約束を京都朝廷に強要され、諸藩に戦争準備の布告を
出していた。

有名なペリーの来航から10年、また日米和親条約によって開国してからでも9年、対外貿易は
かなりの勢いで拡大し、世界的に見れば「鎖国体制」への復帰は、もはや不可能であったが、
幕府及び京都の朝廷はそうは考えなかった。むしろ皇女和宮と将軍家茂の婚姻を成立させ
名実ともに公武合体(いわば朝廷と幕府の連立政権ですな)を成功させることが、幕府政権を
安定させる唯一の切り札であり、至上の政治課題と考えられていた
。というわけで皇女和宮の
婚姻の条件として「10年を期して全面攘夷を実行」(要するに対外条約を全面破棄し、すべて
の外国人を撃ち払う)するという約束を幕府は朝廷と交わした。その時期が迫っていた。
とはいえ、「攘夷実行はもはや不可能」というのは、幕府首脳部の暗黙の了解になっており、
名目的な沿岸防備や砲台築造を除けば、攘夷戦争の実質的な準備はなにも進められていな
かった。わずかに攘夷派浪人と彼らに扇動された長州、薩摩、土佐など諸藩及び攘夷派浪人
に脅された朝廷公家だけが、攘夷実行を幕府「回天」(いわば構造改革ですな)の切り札と
みなして、幕府に「攘夷実行期限」の確定を迫っていた。
曖昧にされ、先送りされてきた政策課題が、この年4月に、俄かに「5/10を期して攘夷実行」
と決定され、全国諸藩に布告された。

一方、生麦事件の賠償金支払期限の5/07と攘夷実行期限の5/10は、外面的にはたまたま
重なっただけで、内面的なつながりはなかった。しかし攘夷実行の「敵」を助けるような賠償金
支払いを拒否する意見が大勢で、「殺傷事件に対する賠償問題」と攘夷実行とは別問題と
する意見は片手で数えられる程度の異端派でしかなかった。しかも暗殺される覚悟がなけれ
ば、こんな意見は公言できる状況ではなかった。

というわけで、この一週間の政治的帰趨は、その後の日本の針路を決める決定的に重要な
分水嶺であった
。この時期の政治的選択の如何によっては、阿片戦争をきっかけに列強諸国
の半植民地支配下におかれた中国の二の舞を演ずる可能性があったと考えて良い(従って、
明治維新そのものが可能であったか、またどのような形式での幕府体制の変革が出来たか
をも規定したと考えて良い)。
尤も、一般の通史には一行触れているかどうか、極めて少数の研究論文が例外的に、この
時期の対外危機の緊急性・重要性について関説しているに過ぎないが...。

この一週間、さぞ江戸城は上を下への大騒動、緊迫した状況だったのだろうかと、いまから
30年ほど前、当時の一次史料を調べたときの僕の驚きは衝撃に近い。
当時の江戸の最高首脳部(これは政治・軍事の最高司令官をかねていた)は老中の三人、
そのほかに将軍名代として4月に京都から江戸に戻った水戸藩主(徳川慶喜の兄貴)、これに
加えて将軍後見職にあって江戸の攘夷戦争の司令官として派遣され、京都から江戸への
のんびりとした大名行列の途路にあった徳川慶喜(後の「最後の将軍」)の五人か。
水戸藩主は、単なるお飾りとして老中三人と「家康の再来」として令名高かった慶喜の四人が
実行部隊の総司令官といった地位だろうか。ところが、この一週間、老中三人はともに腹痛、
頭痛、所労と称して自宅に引きこもり登城しない。慶喜は、通常、大名行列でも7~10日で通う
京都・江戸間(緊急時には二日から三日)を一ヶ月もかけてのんびり遊行し、更に「攘夷実行
期限」のせまる直前、5/09に「任に堪えない」として辞職願いを提出する始末。

まあ、策略だのなんだの、いろいろ解釈はあるが、要するに最高首脳部は誰一人いない全くの
「政治的空白」、文字通り完全な空白状態なのだ。
変な話だが、こんな空白状態でも、「政治的危機」を乗り切っていけるもんだと奇妙な感動を
覚えた記憶がある。それ以来、日本には政治的意思決定の責任の所在が曖昧で、不明確な
時期を経験した歴史はなんどもあるが、僕は少々の空白には驚かなくなってしまった。

この時期、国会の空転、福田内閣の相次ぐ支持率低下を横目に、そんな歴史的経験があった
ことを、ふと思い出した。
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by agsanissi | 2008-05-14 04:54 | ミミズの寝言


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