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2012年 01月 16日

日々雑纂

・2時前起きる、引き続き【権力と戦う...】、カルヴァンのセルヴェスとの対話及び拷問・処刑を描く場面は、余りに凄惨にして、まるでSSの
サディストの如く、ツヴァイクの創作ではないかと疑いたくなる内容。市当局の記録文書・カルヴァン自身の文書類を典拠としており疑う
べくもなく、かつ胸糞悪くなるを以て、気分転換のため荷風全集23巻を読む。【断腸亭日乗】(昭和15年~19年末)、戦況次第に困難と
なり、物資不足・思想統制などをかこつ記述がやや多く散見されるようになるも、カルヴァンの神権政治支配下のジュネーヴに比べ、その
呑気な有様はまるで天国と地獄の感有り。
【断腸亭日乗】から
昭和15年2月20日に「尿中タンパク質顕著。かつまた血圧やや高しとて、院長頻りに菜食の要あるを説く。余窃かに思う所あり。余齡
すでに六十を越えたり。希望ある世の中ならば節制節慾して残生を愉しむもまた悪しきにあらざるべし。されど今日の如き兵乱の世に
ありては長寿を保つほど悲惨あるはなし。平生好むところのものを食して天命を終わるも何の悔いるところかあらん。浅草にいたり松喜
食堂に鶏肉を食し玉の井を歩みて帰る」云々、17p⇒単に高等遊民の繰り言に過ぎず
・8/01、「街頭には贅沢は敵だと書きし立て札を出し、愛国婦人連辻々にたって通行人に触書をわたす噂有りたれば、その有様を見んと
用事を兼ねて家を出しなり」。また欄外に「贅沢は敵なりという語はロシア共産党政府樹立の際用いたる街頭宣伝語の直訳という」、54p
⇒この日、「国民精神総動員本部、東京市内に〈贅沢は敵だ!〉の立て看板1500本配置」(近代日本総合年表から)
・9/27、日独伊三国同盟締結に際し、「自ら辞を低くし腰を屈して侵略不仁の国と盟約をなす国家の恥辱これより大なるはなし其の原因
は....畢竟儒教の衰滅したるに因る云々」74p(下線は引用者)
・10/03、旧約聖書を読む。日本人排外思想の拠って来る所を究めんと欲するのみならず....云々、76p
・11/10、専ら人のうわさする巷説、「新政治家の中の末信中野橋本その他の一味は過激な共産主義者...軍人中この一味に加わるもの
少なからず。而して近衛公は過激な革命運動を防止せんと苦心しつつあり。近衛の運動費は久原小林などより寄付せし...云々」98p
・11/16、花電車、「病院内にて花電車を見たることなしと云うもの三分の二以上にて、これを知るものは四十余りの者ばかりなりとの事より
推測して、現在東京に居住するものの大半は昭和十年以後地方より移り来たりし者なることを知れリ。...今回の新政治も田舎漢のつくり
出せしものと思えばさして驚くにも及ばず。フランス革命又明治維新の変などとは全く性質と品致とを異にするものなり」101p
⇒花電車は紀元2600年祝賀行事の一環か、「新政治」とは言うまでもなく「大政翼賛会」の事。
・12月、贅沢は敵だ」の緊縮世情の中、贅沢三昧の軍人壮士の振る舞い、貧富の懸隔広がる様を風刺する戯れ詩、104、115-118p
・12月末、「今年は思いがけぬことばかり多かりし年なりき。米屋炭屋、菓子など商うもの又金物木綿などの問屋、全て手堅き商人は商売
立ちゆき難く先祖代々の家蔵を売りしものも少なからざるに、雑誌発行人芝居興行師の如き水商売をなす者一人として口腹を肥やさざるは
なし。石が浮かんで木の葉の沈むが如し」125p
昭和16年正月、「去年の秋ごろより軍人政府の専横一層甚だしく世の中遂に一変せし今日になりて見れば...不便なる自炊生活その折々
の感慨に適応し今はなかなか改めがたきまで嬉しき心地せらるること多くなり行きけり。...斯くの如き心の自由空想の自由のみはいかに
暴悪なる政府の権力とても之を束縛すること能わず」129p
年表上からは日独伊三国同盟締結、大政翼賛会発足及びそれに伴う各種団体政党の「自発的」解散、内務省図書課・警視庁検閲課
などの新聞雑誌の整理統合などの出版統制強化などが伺われるが、「軍人政府の専横」とは具体的に何を指すか。昭和15年1月に成立
した米内内閣は倒閣のため陸軍首脳部が画策した畑陸相の単独辞職に拠って総辞職に追い込まれ、代わって近衛内閣が登場した。明ら
かな陸軍の「専横」だが、このような内部事情は当時一般に知られていたか。

・5/11、市中の風聞、いろいろ;築地辺の待合料理店は引き続き軍人のお客にて繁盛一方ならず。公然輸出入禁止品を使用するのみ
ならず暴利を貪りて...」云々、168p
・6月、時局についての意見、日記のこと等、「日支今回の戦争は日本軍の張作霖暗殺及び満州侵略に始まる」云々177p
昭和17年4月、巷の噂、226事件の反乱の兵卒の戦地にて優遇せられし話、南京占領および中華人のおびただしく殺されしに、戦争の
何たるかにつての無関心等々、267p
昭和18年1/25、街談録、昭和12年より浪費した戦費の合算は支那人戦死者一人につき二千円...この度の戦争の愚劣なること..云々、
316p
・2/03、町会より本年中隔月に百五六十円債権押売のこと申し来たれリ、318p
・5/04、近県への食料品等買い出しの事、夕刻までに数千人が捉えられるが、その大半は鉄道及び郵便局の役員...云々、344p
・5/17、文学報国会、荷風の名を無断借用、菊池寛が創設し、(余の嫌悪セル)徳富蘇峰が会長、346p
・5/26、近頃物品の闇相場、349p
・9/09、上野動物園の猛獣は毒殺...帝都修羅の巷となるべきを予期..云々、379p
・9/28、10月中には米国飛行機必来襲すべしとの風説...、386p
・10/03、「世の中は星に錨に闇と顔馬鹿な人達立って行列とやら云う落首を口にする者さえなきようになりぬ、388p
・10/09、国民預金の強制勧告...390p
・12/22、世間の噂、いかほど職工を増やしても資材不足でどの軍需工場も夜間業務は中止、この様子では来年6月までには戦争は終局
...416p
・昭和19年4/10、市中至る所疎開空襲必至の貼札を見る。一昨年4月敵機来襲の後市外へ転居するものを見れば卑怯といい非国民など
と罵りしに18年冬頃より俄に疎開の語を作りだし民家離散取り払いを迫る。朝令暮改笑うべき...云々441p
・4/11、食物闇値一覧、442p
・東京の繁華は昭和八九年を以て終局を告げたるものと見るべし...455p
◆「俗と反俗は釘と金槌」
・第23巻「月報」に開高健が書いている。荷風老人は後足で砂をかけ、実人生からオリてしまった。その癖、実人生への興味津々、巷の
風説、街談に耳を済まし、日記に書き留めた。「私に云わせれば、荷風散人は決して実人生からオリ切ることが出来なかった。俗物を離れ
て反俗精神が成り立たないことは、釘を離れて金槌が存在し得ないのと同じである...云々」、この好奇心が最も良く映し出されているのが、
昭和18-19年の日記か。戦時下東京の実相の一面を映し出す良き鏡。

◆活動量計
・昨日より雲一段と厚く、黄昏時の模様いよいよ深し。先月22日以来はじめて日照ゼロ。
・散歩に出ず、終日在宅、1日から14日までの「活動量」の集計をやってみたら、1~7日間の一日の総エネルギー消費量の平均値が
1800Cal、内「活動エネルギー」は582Cal、歩行数は9400歩/日。8~14日間は夫々1670Cal、446Cal、6500歩/日。
・7日までの一週間は連日8千歩から1万歩近く歩いていたが、8日からの一週間は同じように9千歩/日歩いているが、二日間散歩
に出ない日があった。一回は、その前日、国道沿線を歩いたせいか、喉がいがらっぽく・心持ち熱もあるような感じがしたので散歩の
代わりに昼寝をした。ただ排気ガスが影響しただけで、別段、なんともないようなので翌日はまた9千歩ほど歩いた。しかし二日間の休み
で平均値がグッと下がった。「一日の活動エネルギー」だが、どのくらいの精度があるか分からないが、絶対値はともかく相対値は、身体
活動の状態を能く反映しているようだ。11月から終日装着しているが、12月後半までの農作業中の一日の活動量は大体700Cal台、
埼玉に戻ってからは500台、それでも9000歩くらい歩けば500台後半になるが、1/8~1/14のように6000歩程度では500Calを下回る。
だからどうだとは分からないが、9000歩を前提に考えると、大雑把に基礎代謝量が1200、総消費カロリーが1800、活動エネルギーが
600となる。これで僕の身体のバランス(体形だけはなく代謝関係を含めた外的及び内的な)は保たれているようだ。ちなみに600Calは、
厚生労働省が推奨する「健康つくり...ガイド」の週間エクササイズ量(活動量)の約二倍に相当する。

高木日記、東条暗殺計画、近衛文麿などを通読しての感想
・今日はどんよりした一日で、あんまり気乗りもしなかったので、終日読書。ツヴァイク全集17巻、矢部貞治の「近衛文麿」、荷風全集23巻
を一気に読了する。矢部貞治日記は近衛の新体制運動の関係で、昭和15年あたりから読み始める。所々拾い読みをすれば充分。
・高木の東条内閣の倒閣運動・暗殺計画や近衛の開戦回避、あるいは終戦工作など、何れもその「真面目」を疑わないけれど、隔靴掻痒の
感を免れない(平たく言いえば「何をもたもたやってんの?!」ということ)のは、天皇の統治権・統帥権が戦前の国家機能の統一的な運営上
のガンになっているのに、その点に触れるのは絶対的禁忌事項になっていることが、すべての問題の根源にある。




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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-16 03:58 | 日々雑纂