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2012年 01月 30日

日々雑纂

・快晴、やや風あるも、昨日ほどではない。今朝5時の最低気温は△4.8度、多分明日も氷点下を記録するだろうから、これで今月の氷点下は
26回目となる。”第一級の”というほどではないが、「さいたま」市としては、かなり寒い部類に入るだろうか。尤も、僕はまだ一度も暖房を入れた
ことがないから(「さいたま」では)、「耐えられない」ほどの寒さではない。

・昨日、久々に兄を訪問し、語り合ううちに(20歳も違う上に、僕がものごごろついて以降は、まったくすれ違いの人生を歩んできたために語り
合う機会は、最近まで殆ど皆無に近かった。それでも隔意なく話せる「血」の不思議さよ!)、人生の変転を歴史的変遷と併せて考えてみた。
昭和元年生まれの彼は、(僕の考える「40年周期説」:11/01/20、参照、では日露戦争を頂点とする敗戦期までの下り坂の、丁度、中間点)
まず誕生直後の金融恐慌と金解禁政策に伴う厳しい緊縮財政によるデフレ経済&それに踵を接する1929-30年の世界大恐慌と不景気の
真っ只中に生を受けた。規模の違いはあるにしても、バブル崩壊からリーマンショックに至る過程、とりわけリーマンショック以降の世界的規模
のデフレ経済と相似形の時期と見なせるだろうか。昭和10年以降、半ば偶然に本格的な大陸進出に乗り出し、或いは関東軍主導下に引き
ずり込まれ、明確な政治的リーダーシップを欠如したまま、「大日本主義」路線に踏み込んでいった。大規模な借金政策を梃子にした戦争経済
への傾斜は、あたかもバブルの絶頂期に向かってひた走る1985-90年の日本経済と同様、内部的腐食を覆い隠して、表面的・退廃的繁栄を
謳歌した。
・デフレ経済からインフレ景気への契機となった大陸進出政策・大日本主義・戦争経済、それらの政策をリードした軍部は、無能をさらけ出し、
けち臭い政治的抗争にうつつを抜かす政党勢力に代わって、あたかも「時代の寵児」かのように見えただろうか。このような歯車がうまく噛み合い
フル回転に向かったのは昭和11年から16年辺りまでか。兄が、11歳から16歳の頃に相当する。
・日米戦争開始と共に、歯車は軋み始め、猛烈な摩擦音と共にフル回転を続けた。それは破局への準備であったが、多くの国民には華々しい
戦果の凱歌と聞こえていた可能性が強い。これは17-18~19歳頃ではないかと想像する。彼は、20歳になると間もなく、16歳の弟とともに
特攻隊に志願する。彼は、17-18歳頃に聞かされてきた大日本帝國の華々しい戦果=輝かしい勝利と「特攻攻撃」という絶望的な消耗戦との
甚だしい乖離に矛盾を感じなかったのか(感じたにしても如何ともなし難かったが)。志願したはいいけれど、飛ぶ飛行機もなく、飛ばすガソリン
もなく、ただ虚しく「待機」するだけの軍隊生活に不信を抱かなかったのか(それを彼に問いただしたことはない。下の兄貴に「特攻志願」の気持ち
を聞いた時、彼は「こんな世の中、生きていても面白くないから、どうせならパッと死んでやろうと思った」と応えた)。
・戦後、東京電力に勤めた彼の生活は、日本の経済成長と共に向上し、多分、その絶頂期に定年退職の時期を迎え、一級電気技師の資格を
持っていた彼は退職後の生活に何らの不安をも持っていなかったのではないか。彼の退職後、20余年間は社会的には絶頂期から後退期、
または下り坂に向かう転換点に立っていたけれど、彼個人の生活は身につけた技術とそれまでの蓄えによって余裕もあり、充分満足できるもの
で、社会的関心よりも個人的関心に埋没していったのではないかと想像する。
・さて、彼の幼年期と最近の経済情勢とは、80余年を隔ててある程度の相似形をなしている。金解禁に備えた意図的な円高政策と緊縮財政、
意図せざる円高と結果的な・余儀なくされた緊縮財政、世界恐慌とヨーロッパの信用不安を契機とする金融収縮。このようなデフレ経済を転換
させたのは、80余年前は、ある程度まで軍事的強制力に押し付けられた戦争経済への突入・野放しの軍事費の拡大だった。
・現在は果たしてどうか。相次ぐ公共投資にもかかわらずデフレ脱却の見通しは立たず、しかも借金財政は過去の金融資産の蓄えに依って
辛うじて賄われてはいるものの、既に限界点に達している。軍事費の拡大に代わる強制的財政膨張要因は社会保障費・保険費・医療費など、
現状では膨張する一方で縮小する見通しはない。
・単純に考えれば、過去の借金を棒引きにしてチャラにするか、税金を大幅に引き上げるか、社会保障費などの支出を大胆に切り捨てるか、この
夫々を適当な割合で組み合わせて乗り切るか、誰が政権を担当しようがそれ以外のいかなる妙案もあり得ない。問題は、如何にオブラートを被せ
てこの苦薬を飲ませるか、また一度はこの苦薬を飲み干さなければ、次のステップに踏み出せないのではないか、という点にある。


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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-30 09:36 | 日々雑纂