農のある風景/作業日誌/ようこそ!!荒木農場へ

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2012年 02月 13日 ( 1 )


2012年 02月 13日

日々雑纂

・昨日、逗子に従兄妹を訪問。共に満州から引き揚げてきた仲間で(といって僕まだ一歳に満たなかったが)、一昨年、彼らの母親(僕に
とっての叔母)が98歳で亡くなって以来の訪問。大連に住んでいた僕の家族と違って、旧ソ連との国境付近に住んでいた彼らが引き揚げて
くるに際して受けた辛酸は僕の家族の比ではない。
・一年ぶりの電車乗車経験で、これほどの人出の中を数時間も過ごしたことは文字通り一年ぶりで、一驚するもの、戸惑うもの、呆れるもの
等、いちいち書くも煩わし!ただ色々注意を促す車内放送・駅放送など、なぜこれほどまでに煩く・しつこく・馬鹿丁寧に繰り返すか、親切を
越えて、神経を逆なでする騒音以外の何ものでもないと感じたことだけは、何かは然と分からぬが、世の中の風潮の一面を表すものと感じた
ことだけは、記しておく価値がありそうだ。
・終日、大したこともせぬに、歩行距離も一万歩程度なのに、帰宅後は疲労困憊。19時過ぎに寝る。但し、いつも通り2時前には起きて乾布
摩擦とヨガポーズ、腰に微かな凝りを感じるが、前屈・後屈に差し支えるほどに非ず。
・昨日の日経ヘルスに、「眠りのアンケート調査」が載っていた(参照)。読者1126人を対象にした調査で「眠りに不満がある」人が96%との
結果に一驚した。「アンケートに答える」という作業自体に、特定のバイアスがかかっている可能性もあるが、これだけでも世の中全体、何か
重苦しい重圧がかかっているのではないかとの印象を受ける。望めないけれど、千年近くにわたって、身分・職業・階級・階層毎のこの種の
年次別調査があれば、果たしてどんな結果になっていたか想像してみるのも面白い。
・平日の就寝時間が23~1時というのが8割以上、休日にいたっては24~2時が8割以上というのも驚きだ。僕なんかは特別の事情でもない
限り(殆ど、そんなものはないけれど)20~21時に寝て、1~3時にはまず起きているから、ついでに云えば眠い時に寝て目覚めたときに起き
ているから、ついぞ「眠りに不満」など感じたことがない。時に、いったん布団に入っても、頭が冴えてしまうこともないではないが、「シメタ!」と
思って起きだすから、眠れない心配など経験したことがない。子供の時どうだったのか、自分で記憶する限り10歳頃からはそんな風だった気
がするが、定かではない。いつの頃からか、外から強制されるのは(なんであれ)極度に嫌い、どうしても必要と観ずれば(理解すれば)自然と
身体(と心)がそれに馴染んでいく、そんな体質になっているようだ。
メラトニンの血中濃度の時間別・年代別変化・体内時計との関係など調べること
・昨日、電車内で読もうと息子の本棚から栗田式速読法とかで【本がいままでの10倍速く読める法】というのを読んでみた。要は眼球を素早く
動かして尺取虫のような読み方から蝶が舞うような読み方に切り替えるよう訓練するそうだ。本の読み方も、時代と共に変わって当然だろう
けれど、ダ・ヴィンチの伝記を読むと彼は生涯に200~300冊の本を筆記した(正確な冊数はわすれた)そうだ。もち論、当時としては破格の量
だ。速読法では10分で一冊とか謳っている。でも、そんなにまでして読むべき・ないし読むに値する本が沢山あるだろうか。今日、吉本隆明
の【良寛】を読んでいたら、
「永平録を読む」という長い詩には道元の『正法眼蔵』を読んで、感激の涙に本を濡らしてしまった。翌日、隣の人がやってきて、この本はどうし
て濡れているのだと問われて、涙で濡れたとも言えず、雨漏りがして濡らしてしまったんだと答えたと述べられています。
16p
とある。誤解のもとは、同じく「本」といっても、意味がまったく違うものを一緒くたにして「本」と称しているところにある。一方はテレビ・ラジオ・
新聞と同じ類の、単なる情報の媒体。他方は、思索ないし対話の相手としての「本」。速読法を身につけて、前者のような本だけを「本」と思って
しまったら、それは不幸だなとふと思った。これも現代に生きる人間の強迫観念だな。「煩悩」といっても良いかな。
・「速読法」の反動もあってか(それよりも右手の漢字練習の素材として)、今朝から【断腸亭日乗】を大正11年初から読み始めるが、改めて
(今まで見逃してた)豊かな・情感あふれる表現に感動する。

政界再編劇
・前にも多少触れたことがあるが、現在の政治的膠着状態と閉塞的ムードは、1930年代後半の政党政治と似たような雰囲気を感じてなら
ない。といってもち論、直に経験したわけではないし、現在の閉塞的ムードにしても直接的に肌で感じる立場にいるわけがない。その意味で
はともに間接的・伝聞的・風評的「雰囲気」に過ぎない。違いは、せいぜい量的なもの、及び閉塞的ムードが生み出す波及的・社会的効果
は、多少でも直に見聞できる可能性があることくらいか。
・政党政治の閉塞的状況に対して、政友会&民政党の連合構想(政民連合)となり、また「近衛新党」構想として現れたのが、1934年頃。
それが芽を出し(37年頃)、やがて大政翼賛会として結実したのが40-45年。もち論、同じ経過をたどるとは毫も思わぬが、類似の閉塞
状況に対する、政党人・職業政治家の反応やら、国民的反応または期待には類似のものがあって不思議はない。では何が違うか?
・それはこれからボチボチ考えるとして、とりあえずは「政界再編」や橋本新党(?)やらの動きを、気のついた限り拾って、記録しておこうか。
維新塾に応募3000人超(12/02/12、jiji.com、参照)、地域政党「大阪維新の会」幹事長の松井一郎大阪府知事は12日、次期衆院
選をにらみ3月に開講予定の「維新政治塾」への応募が3326人に上ったことを明らかにした。大阪市内で開かれた維新の会の役員会後、
記者団の質問に答えた。松井知事は応募が3000人を超えたことについて「今の政治や行政を自分が参加しながら変えたいという、熱い人
がいるということだ」と述べた。維新の会は国政進出の場合、候補者を擁立し200議席前後の獲得を目指す。

・「石原新党、考え方バラバラでは難しい」(12/02/11、朝日)、自民党の石原伸晃幹事長は11日のテレビ東京の番組で、父親の石原
慎太郎東京都知事を党首とする「石原新党」構想について「いろいろな党の人をつまみ食いして考え方もバラバラなままでは、政党をつくる
のは難しい」と述べ、否定的な見方を重ねて強調した。

・政界再編に関係あるかどうか分からないけれど、「土砂災害」も「原発事故」も、戦争のツケが招いた(という養老孟司と建築家隈研吾
の対話、日経ビジネス、参照)との表題に「オヤ?どういう事かな?」と惹かれて読み始めた処、「関東大震災の後の異常心理が、日本人を
太平洋戦争まで持っていった、ということを、養老先生が池田清彦先生(早稲田大学教授・生物学評論家)との対談でお話しになっていまし
たが、まさしく今も震災後の特別心理みたいなものが極端に振れています。僕たちはもともと非常に不安定な国土に住んでいるからこそ、
「だましだまし」の手法を磨いていくしかないんだけど
」と書いてある。
日本人は「集団ヒステリーに陥りやすい」傾向があると思っているけれど、がれき処理の受け入れ拒否にしても、食品の放射能汚染に対す
る反応にしても、あるいは上に書いた「騒音」同然のうるさい駅放送・車内放送にしても(一緒くたにすれば憤慨する人は大勢いるかな?!)、
大震災後の「異常真理」=極度に神経過敏な「安全志向」の現れだろうか。今年もインフルエンザが「大流行」でピークを迎えたそうだけれど
今になって思うと、数年前の「鳥インフルエンザ騒動」の時の、あの物々しい防御体制とその後のあっけらかんとした物忘れぶりは一体何だっ
たのかと、ただ呆れるばかり。問題は、この過敏なまでの「安全志向」=内向き志向が政界再編にどう影響するのか

消費増税「いただけない話」(jiji.com、12/02/13、参照)、民主党の小沢一郎元代表は13日午前、自身が主宰する「小沢一郎政治塾」
で講演し、野田佳彦首相が目指す消費増税に関し「自民党と同じ体制、制度でやっていて金がないのは当たり前だ。それを変えずして金が
ないと言うのはいただけない話だ」と重ねて批判した。
民主党の分裂要因だが、破壊力と求心力が、どれだけ残っているかが最大の問題。

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2011年2月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-02-13 06:27 | 日々雑纂