農のある風景/作業日誌/ようこそ!!荒木農場へ

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カテゴリ:日々雑纂( 150 )


2012年 02月 04日

日々雑纂

・2時前に起きる。例によって乾布摩擦&ヨガポーズをひと通りやって後、昨日借りてきた本を色々パラパラめくってみる。どうも、どれも
あんまり意欲が湧かないね。【否定的弁証法講義】、目次を吟味してみるが「学のための学」、自分たちだけの狭い世界の関心で議論
を重ねている印象(まあ、印象だけだけど....)。【近代世界システム】、対象にしている1600-1750年は、言葉の本来の意味で「近代
世界システム」と言えるかどうか、言えるとすれば「どういう限定付きで言えるか」をまず考えてみる必要があるな。
・【人類の足跡10万年全史】は、簡単なノートを作る。遺伝子解析から、人類はアフリカが単一起源と見なせる。ヨーロッパ人は、直接の
アフリカ起源ではなく、アジアからの分岐だ(最も”進んだ人種”という胸糞の悪くなる連中の思い込みの鼻っ柱をへし折っているのが面白い)、
ネアンデルタールとクロマニヨンは同時代に生きていたが混住はなかった....等。
・【痛快!頭を良くする脳科学】(澤口俊之著)、図書館でパラパラめくっていて「脳科学で私たちの将来を明るくしたい!」という「序」の
書きぶりに惹かれて借りてきた。表題と表紙のイラストだけを見ると安直なハウツーものに見えるけれど(売るらんかな!、の編集者の
意向かな)中身は至って真面目で本格的な内容だ。
・第8章の前文に、次のようなことが書いてある。
・「一切は心より転ず」ーいまから2000年ほど前に、中国で漢訳された【華厳経】に見える一節です。意訳すれば「世界はすべて
心が生むものである」。”大きな心”が自我であり、自我は前頭野連合野の機能だと考える私は、その一節が「前頭野連合野が
世界を作る」と意味しているとしか思えません。
云々112p
・昔なら、こんな考え方は戯言としか見なさなかったけれど、現在は充分根拠のある考え方として受け入れる(何%くらいかな??)

・昼過ぎ散歩、快晴無風、1月半ば以降、最高気温が10度を下回っていたが、今日は久しぶりに上回る。城南小の脇を通り抜けて畑と
住宅街の混在する閑静な新興住宅街をグッると大きく迂回して文化公園に戻り、元荒川沿いを自宅に戻る。80分8千歩といったところ。
・先月の「活動量計」の記録を総括してみた。1月の第一週の一日の活動エネルギーは日平均で580Cal、歩行数が9400歩、総エネル
ギー消費が1800Calといったところ。これが第二週になると450、6500、1670に減る。第一週は一日も休まず歩いたけれど、第二週は
雨や雪の影響で二日休んだのが影響した。半ば以降の二週間、420、6200、1640と一段と減った。雪の影響もあるけれど、末になって
何故かやや疲労気味、気分が乗らずに休んだ日(週一程度の休養日も必要かな)もある。1月半ば以降は最高気温が10度を下回って
いたことも、多少は影響したかな?
・【痛快!頭を良くする脳科学】に、年齢をとってからは「結晶性知性」を高めろということを書いていて、これは「既に獲得した知識・経験
記憶に照らしあわせて、総括的に判断する知性」のことだと云ってる。要するに、コモンセンスを働かせて、四囲の状況を的確に捉えて柔軟
に対処せよという事かな。尤も、云うは易し行うは難しかな。それで、その結晶性知性を伸ばすには、強い目的志向、適切な栄養、芸術家
のように右脳を使う(僕の場合は、右手を使って左脳も活用しろ」ということかな)、ウォーキングに励む、積極的な社会参加・社会貢献、
いくつになっても恋をしろ(164p)と書いている。ところで、脳を育てる「栄養の原則」は「まごはやさしい」だと云って(67p)、
「ま」(豆類)、「ご」(ゴマ)、「は」(ワカメ)、「や」(野菜)、「さ」(魚)、「し」(椎茸・きのこ)、「い」(イモ類)等々を挙げてる。
・ちなみにDr.オーニシュも【Program for Reversing Heart Disease】(参照)で、食事・運動に合わせてヨガによる心身の安定と積極的
に社会参加をして孤立感を持たないことが心臓病の快癒には不可欠だということを指摘していたな。
【歎異抄】の筆写&【親鸞の教行信証を読み解く】第一巻(教・行巻)は読了。真宗大谷派の【教行信証総説/廣瀬 杲】(参照)を
読み始める。⇒こんな世の中で、専修念仏という信仰が(言葉の本来の意味で)成り立ちうるのか、もし可能とすればいかなる意味で?



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2011年2月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-02-04 05:47 | 日々雑纂
2012年 02月 03日

日々雑纂

・さいたま市では、今朝は6時22分に最低気温△6.7度を記録、今年一番の冷え込みとは云うものの1977年以来の歴代記録を
みると、10位以内にも入ってない。この34年間の記録では78/02/02の△8.8度が最低。快晴無風。
・昨夜から【人類の足跡10万年全史】を読み始め、今朝方一気に読了する。ワクワクするほど啓発的。(MediaMaker、参照
・昼前、東部図書館まで散歩。アドルノ【否定弁証法講義】とウォーラーステイン【近代世界システム(1600-1750)】を借りてくる。

The Myth of Japan's Failure(12/01/06、NYT、参照
・記録しておくかどうか前から気になっていたが、やはり記録しておくに如くはないと思い直したのは、「かんべえの不規則発言」に引用されている
次の要約(参照)。
日本は失敗した国だ、というのは丸っきりのウソであって、実はとっても上手にやっているんじゃないか、というのである。その証拠に、といって
挙げている事実は以下のようなラインナップである

●Japan’s average life expectancy at birth grew by 4.2 years - to 83 years from 78.8 years - between 1989 and 2009.
This means the Japanese now typically live 4.8 years longer than Americans. The progress, moreover, was achieved
in spite of, rather than because of, diet. The Japanese people are eating more Western food than ever. The key
driver has been better health care.
●Japan has made remarkable strides in Internet infrastructure. Although as late as the mid-1990s it was ridiculed as
lagging, it has now turned the tables. In a recent survey by Akamai Technologies, of the 50 cities in the world with
the fastest Internet service, 38 were in Japan, compared to only 3 in the United States.
●Measured from the end of 1989, the yen has risen 87 percent against the U.S. dollar and 94 percent against the British
pound. It has even risen against that traditional icon of monetary rectitude, the Swiss franc.
●The unemployment rate is 4.2 percent, about half of that in the United States.
●According to skyscraperpage.com, a Web site that tracks major buildings around the world, 81 high-rise buildings
taller than 500 feet have been constructed in Tokyo since the “lost decades” began. That compares with 64 in New
York, 48 in Chicago, and 7 in Los Angeles.
●Japan’s current account surplus - the widest measure of its trade - totaled $196 billion in 2010, up more than threefold
since 1989. By comparison, America’s current account deficit ballooned to $471 billion from $99 billion in that time.
Although in the 1990s the conventional wisdom was that as a result of China’s rise Japan would be a major loser and
the United States a major winner, it has not turned out that way. Japan has increased its exports to China more than
14-fold since 1989 and Chinese-Japanese bilateral trade remains in broad balance.
昨日、「小澤の不等式」に関連して、「認識は、観測対象と観測する手段、そしてその観測結果をみる人間との三者の相互作用に
よって成り立っている」と書いたけれど、この問題でも同じ事は言える。まず比較する対象時期のタイムスパンの取り方、10年単位
でみるか、50年単位で見るか、100年単位で見るか、もっと超長期で考えるか。次に比較する対象の国々及びそのタイムパン。
又何を比較対象にするか、そして最後に観測者自身の視点の置処。僕は「40年周期説」をとっているけれど、それで云うと次の底は
2025年あたり、後から振り返ってみれば、「あの時は良かった」となりかねない。


参考:同じテーマでBlogosに二つの記事が載っている。
「失われた20年」の日本は実は模範生だった?
『失われた20年』見直し機運、悪くない日本未来
他に
・グラフにまとめた次の記事;What 'Lost Decades'?
・Japanなニュース;日本の失われた数十年は作り話か? 経済危機直面の欧米で議論

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2011年2月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-02-03 05:30 | 日々雑纂
2012年 02月 02日

日々雑纂

c0048643_5531818.jpg・今朝4時45分に「大雪と暴風雪及び高波に関する全般気象情報 第7号」が出され、
今回は東北北部沿岸にも大雪警報が出された。
普代村にも、今年はじめて大雪・波浪の警報と風雪注意報が出ている。
5時現在、久慈市で降雪24センチ、ちょっと山沿いに入ると30-40センチ
・右は、普代から田野畑に向かう途中の尾肝要の国道45線の様子、
△6.5度だそうだ(午前5時)。
・岩槻は快晴で温かだが、やや風がある。強風・乾燥の注意報。

・思想そのものに関心を失ってしまって以来(12/01/29、参照)哲学的なもの・思索的なものの
本は、ほとんど読まなくなってしまった。だから20世紀後半以降の哲学者・社会科学者の本は、
全部素通り。ポスト・モダンが何を意味しているのかも知らない。ちょっと話題になっては消えて
いく「流行」のような思想を追いかけた所で、詰まらないガラクタで頭を一杯にするだけで、それで
飯を食っているような学者・評論家なら、それも稼業のための資産だろうが、一歩それから外れ
てみると単なるガラクタにしか見えない。
・これに比べてツヴァイクの伝記ものとか、吉川英治の【親鸞】、三國連太郎【白い道】などは、
(ツヴァイクは別格としても)後世に受け継がれていくような名著というわけではないけれど、
人としての生き方・考え方に深甚な影響を与える良書だと思う。尤も、こんなものは人によって
千差万別、一般にどんな良書であれ理解できなければ、紙くず同然。
・今週に入って【啓蒙の弁証法】、コッカ【歴史と啓蒙】、ウォーラーステイン【転移する時代―世界システムの軌動 1945‐2025】の三冊を
読んだ。僕の理解が及ばないのかどうか、どれも頭を素通り、心に残るものがない。前二書は、知性と野蛮という対立物の相互転移(と云っ
て良いかな?)とでも云うような非常に重いテーマを扱っているのだけれど、僕には曖昧模糊。どうして、こう持って回ったことをゴチョゴチョ
論じているかね?!
・【歎異抄】と併せて【親鸞の教行信証を読み解く】第一巻(教・行巻)を読む。「浄土教の成立過程と歴史的展開」との副題が付いている。
・思想問題とは、大方そうしたもんだけれど、地獄極楽とか、往生とかに関心のないもの(或いは超越したもの)にとっては、念仏一行とか、
女犯肉食とか、菩提心は「起こる」のか「起こす」のかとか、菩提心無用とか、当該者にとっては時に生死を分かつほどの深刻な問題であっ
ても、部外者にとってはどうでも良い。どうでも良いとはいえ、歴史上の深刻な思想史的問題は必ず後世の我々の生活に深甚な影響を及ぼ
すことは間違いない。
・例えば「地獄の恐怖は、地獄を覚悟するという乗り越え方でしか解決しない問題なのです」ということを指摘した上で、親鸞の考え方(或い
は対処の仕方)を【歎異抄】の一節を引用して、次のように説明している。
「このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々のおんはからいなり」(第二章)
という形で、相手に全面的に判断を委ねています。一切強制しなという筋道は重要なことです。
もし仮に客観的な証明が成り立ってしまったなら、これは誰もが皆それに従わなければならないことになります。そうなるとそれは相手を
説得して、それを認めさせなければならないことになります。だからもしそういう論証が完璧に出来たと思い込んでしまうと、とても怖いこと
になります。それに従わないものを徹底的に排除していく。真実性が相手を切り捨てるための根拠になってしまいます」
121p
・このような考え方が、いかに画期的な意味があるかということは、キリスト教の異端論争やナチズムや共産主義思想のような全体主義
が、如何に悲惨な災厄をもたらしたかを歴史的経験に照らして思い起こしてみれば一目瞭然だといって良い。そういう意味で、法然や親鸞
の思想と言うか(一見突き放したような)態度は、(地獄極楽とか、専修念仏とか、往生とかの考え方と切り離して)ものすごく大きな歴史的
意義があると考えて良いと思う。

食事療法だけで糖尿病が改善
・ちょっと古い記事だけれど、MediEigo(11/06/24、参照)にこんな記事が載っている。
8週間,超低カロリーの食事療法だけを行う治療法で,2型糖尿病が改善した」、患者11人を対象に「食事療法のための飲み物と炭水化物
を含まない野菜からなる1日600カロリーの食事を患者に2カ月間続けさせ,その後3カ月間追跡調査した。その結果,膵臓に含まれる脂肪
の量が正常に達し,膵臓のインスリン産生能力が正常化し
,血糖値が改善した。食事療法終了後も11人中7人で糖尿病の再発がなかった

(下線は引用者)⇒もち論、食事療法だけで糖尿病が改善することは分かっているけれど、注目すべき点は膵臓内の脂肪の正常化で、膵臓の
「インスリン産生能力が正常化」したという点。惜しむらくは試験対象者が少なすぎること、どの程度の重症度か分からないこと。
膵臓の脂肪率については
A special MRI scan of their pancreas revealed that the fat levels in the pancreas had returned from an elevated
level to normal (from around 8% to 6%). In step with this, the pancreas regained the normal ability to make insulin
and as a result, blood sugar after meals steadily improved.
」(参照)とのこと。

小澤の不等式
・ハイゼンベルクの不確定性原理を修正する式を提唱してきた「小澤の不等式」が、実験的に確証されたのは先月半ば。
・「不確定性原理」とは、我々が「対象」を観測するとき、「観測」行為そのものによって対象に影響を与えてしまうために、厳密な意味で「対象」の
客観的な「姿」を観測することはできない、という含意だと僕は理解している。物理学ではそれを「物質の位置と運動量とを同時に確定することは
できない」と定式化している。位置を特定すれば運動量が「発散」(特定の値に決まらず、無限大になる)し、運動量を特定すれば、位置が「発散」
する、ということ。
・「小澤の不等式」の意味は、ハイゼンベルクの原理は「測定対象の状態と、測定に因る誤差や乱れとの間に相関関係がない」特殊な場合であって
相関する「特殊」な観測すれば、不確定性は打ち破られ誤差ゼロの観測が可能になる、と数学的に予測したことだ。
・小澤は、自分の仕事の意味を「私にとって一番興味があるのは、自分の認識とは何かという問題です。それは観測の理論をきちんと組み立てて
みないとわかりません」と述べている(参照)。それは常に新しくて、同時に古い問題、「認識」とは何かという問題に帰着するようだ。
・認識は、観測対象と観測する手段、そしてその観測結果をみる人間との三者の相互作用によって成り立っているが、これを一義的に確定するのは
常識的に考えるほど容易なことではない。
参考:ハイゼンベルクの不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証」の記事も参照のこと。
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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-02-02 05:23 | 日々雑纂
2012年 02月 01日

日々雑纂

・23時50分、日替わり前に目覚める。乾布摩擦とヨガポーズに40分ほど時間をかける。【歎異抄】の筆写、写経に凝っているわけではない。
思う処あって両手を自在に使えるよう訓練しようと、10日程前から(1/21)右手で字を書いている。字ばかりではなく、今まで左手でやって
いた色々な作業をできるだけ(危険のない限り)右手でやるようにしている。最初は、習慣で小さな字を書いていたが、小学生の孫のたど
たどしい漢字練習を見ているうちに、「手続き記憶」(「書く」という動作は手続き記憶なんだろうな)は最初はユックリ簡単な動作から入るの
が良いかと思い直して、10ミリ角くらいの字を書いている。もっと大きな習字の練習のような字になると、昔、習字は右手を使っていたから
ほとんど左手と同じに使える。このへんの使い分け動作の違い(或いは動作を制御する頭の働きの違い)はどうなっているのだろう。
・右手で書いていると、ふと漢字が分からなくなることがある。左手に鉛筆を持ち変えると思い出す。こうなると「頭」で覚えていると云うより
「手」が覚えている、あるいは手と連動して頭の神経回路が機能すると考えた方が良いのかも知れない。
・そんなことから動作と記憶の関係に興味を持って【ひとはどこまで記憶できるのか】を借りてきた。最も印象的なのは、次の一節
我々の脳は「覚えられない」のではなく、「忘れることが出来る」のだ。「正確に記憶できない」のではなく、「まちがえることができる」ので
ある。「これこそ脳が 長年の進化の過程で獲得した能力なのである」
という指摘をジックリ考えてみる必要がある。
・「記憶のない世界」と「記憶はいつでも現在形である」という指摘が印象的だ。我々が「客観的実在」とみなしているもの、それは実在その
もの
と云うより、記憶の中にある”実在”であり、記憶によって実在としての一貫性ないしは継承性が保たれている。
・昨日に比べると、春霞のような薄雲が広がり、やや弱々しい陽射し。

古川経財相の禅問答と題して、WSJ(12/01/27、参照)にこんな話が載っている。
・長期の経済停滞から脱却するのに、いま日本に不可欠なのはイノベーションだ。「イノベーションというのは、非連続的な新たな展開をして
いくという取り組みである」「これまでの延長線上や従来の枠にとらわれない自由で新しい発想や創意工夫により....日本の良さを生かした
『発展的創造』としてのイノベーションを実現する必要がある」
云々
「具体的な成長戦略シナリオ」と、それを達成するための必要条件は何かとの記者の質問を受けて、
「それは何かと既に知っていたら、それはイノベーションとは呼ばない。イノベーションとはまだ誰も知らないものだ
掴みどころがない故に、それは尊いのだ!!
総人件費2割減断念、政府・民主党は31日、2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)で打ち出した「13年度の国家公務員総人件費
2割削減」を断念する方針を固めた。公務員の定数削減に向けた制度設計が進んでいないためで、3月の国会提出を予定している「行政
構造改革実行法案」に、14年度以降の新たな期限を盛り込む方向だ。(12/01/31、Jiji.comから)
平成22年国民健康・栄養調査結果の概要(12/01/31、参照)、今回初めて「所得と生活習慣等」との関係を調査した。
世帯の所得を3区分(200万円未満、200万円以上~600万円未満、600万円以上)に分け、年齢、世帯員数を調整したうえで、世帯の
所得が600万円以上の世帯員を基準として、200万円未満、200万円以上~600万円未満の世帯員の生活習慣等(体型、食生活、運動、
たばこ、飲酒、睡眠)の状況を比較した。結果は以下を参照

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-02-01 02:46 | 日々雑纂
2012年 01月 31日

日々雑纂

c0048643_655974.jpg・寒気は、一段と南下する。上空5千㍍△30度の寒気が四国・九州と近畿地方の
一部を除いて、日本列島の大部分をすっぽり覆い尽くしている。
・31日4時47分発表の「大雪に関する全般気象情報 第3号」は、
「日本付近は冬型の気圧配置となっています。31日朝には、北日本の上空
約5000メートルに氷点下42度以下の寒気が流れ込み、冬型の気圧配置
が強まる見込みです。
 2月1日は低気圧が発達しながら日本海を進むでしょう。低気圧の通過後
は、西から再び冬型の気圧配置が強まり、2月3日頃にかけて強い冬型の気
圧配置が続くでしょう。」

としている。
・岩手県沿岸北部には低温・乾燥・強風・波浪の注意報が、埼玉南部には
乾燥注意報が出ている。

・図書館から予約した本の到着案内くる。九条兼実の日記【玉葉】の第二&
第三分冊、【網野善彦著作集・第7巻】、【トマス・マン日記(1940-43)】、
ウォーラーステインの【転移する時代】、【ひとはどこまで記憶できるのか】
の六冊を借りてくる。玉葉と網野は【白い道】を読んだ機縁で読みたくなった。
【玉葉】は手軽に通読というわけには行かないけれど、何十年か前に通読した
ことがあり、今回はポイントだけ拾っておけば良い、網野は「中世の非農耕民」
がテーマ。トーマス・マン日記は米国側から見た戦争。

ポピュリズムへの警鐘、ダイアモンドOnline(12/01/31、参照)に
「今の民主主義では経済危機を止められない?ユーロ不安は金融市場によるポピュリズムへの警鐘か」と題する真壁昭夫氏のコラムが
載っている。問題のポイントは、ギリシャ、ポルトガルなどは過去の借金返済のためにどの程度の窮乏政策に耐えられるのか、一方、ドイツ
など相対的に豊かな諸国はユーロシステムを維持するために、どの程度まで他国の借金を肩代わりする覚悟があるのかという問題に帰着
する。真壁氏の論点は
今ここに、1つの政策があるとする。その政策は国の将来にとって必要不可欠で、しかも長い間に国民に多くのメリットをもたらす。その一方、
短期で見ると多くの国民にとって痛みを伴うものだとする。果たして国民は、その政策に賛成するだろうか?
・政治がポピュリズムに走ると、国が危機的な状況になるまで、本当に必要な政策の実行が遅れることが考えられる。問題が深刻であれば
あるほど、国民は痛みを伴う解決策の実行を嫌う。結果として、ポピュリズムに走ったときの民主主義の政治体制では、経済的な危機の
発生を止めることが難しくなる。」
というにある。
・昨日も書いたように、日本も一度は苦薬を飲み干さなければ、次のステップに進めない。しかし民主党は、口先だけの「一体改革」を掲げる
だけで国民的合意形成のための真剣な努力を怠っている。そもそも自分の党内もまとめられずに、国民的合意を得られると思ってるのか。


増加するカルト教団、日経ビジネス(12/01/30、参照)にカルト教団の根絶のために戦う「滝本太郎弁護士の告白」が載っている。
・その一節から
・オウムは信者数を減らしましたが、カルト教団の数は増え続けています。最近の特徴は、「ミニカルト」。既成宗教の1つのお寺や教会が、
異常な教団に変貌することもある。宗教に限らず、占い師や劇団、ボランティア団体、家庭教師、学習塾などでカルト化している所もあり
ます。指導者が人を動かし支配する喜びに溺れて、金銭を収奪し、家庭を壊していく。
・不況が長く深刻で、企業にとって解決策が見えづらい社会になってきました。しかも世界の経済構造は複雑になっているので、答えが
見えない。そんな時に、カルト教団は即効薬に見えるんです。
・問題は、カルト教団では、勧誘する人には「悪いことをしている」という意識が全くないことです。それどころか「良いこと」として勧誘して
います。だから限度がない。ですが、「人の為」と書いて「偽り」です。「信者」と書いて「儲け」です。これを忘れてはいけない。
(下線は引用者)


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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-31 06:18 | 日々雑纂
2012年 01月 30日

日々雑纂

・快晴、やや風あるも、昨日ほどではない。今朝5時の最低気温は△4.8度、多分明日も氷点下を記録するだろうから、これで今月の氷点下は
26回目となる。”第一級の”というほどではないが、「さいたま」市としては、かなり寒い部類に入るだろうか。尤も、僕はまだ一度も暖房を入れた
ことがないから(「さいたま」では)、「耐えられない」ほどの寒さではない。

・昨日、久々に兄を訪問し、語り合ううちに(20歳も違う上に、僕がものごごろついて以降は、まったくすれ違いの人生を歩んできたために語り
合う機会は、最近まで殆ど皆無に近かった。それでも隔意なく話せる「血」の不思議さよ!)、人生の変転を歴史的変遷と併せて考えてみた。
昭和元年生まれの彼は、(僕の考える「40年周期説」:11/01/20、参照、では日露戦争を頂点とする敗戦期までの下り坂の、丁度、中間点)
まず誕生直後の金融恐慌と金解禁政策に伴う厳しい緊縮財政によるデフレ経済&それに踵を接する1929-30年の世界大恐慌と不景気の
真っ只中に生を受けた。規模の違いはあるにしても、バブル崩壊からリーマンショックに至る過程、とりわけリーマンショック以降の世界的規模
のデフレ経済と相似形の時期と見なせるだろうか。昭和10年以降、半ば偶然に本格的な大陸進出に乗り出し、或いは関東軍主導下に引き
ずり込まれ、明確な政治的リーダーシップを欠如したまま、「大日本主義」路線に踏み込んでいった。大規模な借金政策を梃子にした戦争経済
への傾斜は、あたかもバブルの絶頂期に向かってひた走る1985-90年の日本経済と同様、内部的腐食を覆い隠して、表面的・退廃的繁栄を
謳歌した。
・デフレ経済からインフレ景気への契機となった大陸進出政策・大日本主義・戦争経済、それらの政策をリードした軍部は、無能をさらけ出し、
けち臭い政治的抗争にうつつを抜かす政党勢力に代わって、あたかも「時代の寵児」かのように見えただろうか。このような歯車がうまく噛み合い
フル回転に向かったのは昭和11年から16年辺りまでか。兄が、11歳から16歳の頃に相当する。
・日米戦争開始と共に、歯車は軋み始め、猛烈な摩擦音と共にフル回転を続けた。それは破局への準備であったが、多くの国民には華々しい
戦果の凱歌と聞こえていた可能性が強い。これは17-18~19歳頃ではないかと想像する。彼は、20歳になると間もなく、16歳の弟とともに
特攻隊に志願する。彼は、17-18歳頃に聞かされてきた大日本帝國の華々しい戦果=輝かしい勝利と「特攻攻撃」という絶望的な消耗戦との
甚だしい乖離に矛盾を感じなかったのか(感じたにしても如何ともなし難かったが)。志願したはいいけれど、飛ぶ飛行機もなく、飛ばすガソリン
もなく、ただ虚しく「待機」するだけの軍隊生活に不信を抱かなかったのか(それを彼に問いただしたことはない。下の兄貴に「特攻志願」の気持ち
を聞いた時、彼は「こんな世の中、生きていても面白くないから、どうせならパッと死んでやろうと思った」と応えた)。
・戦後、東京電力に勤めた彼の生活は、日本の経済成長と共に向上し、多分、その絶頂期に定年退職の時期を迎え、一級電気技師の資格を
持っていた彼は退職後の生活に何らの不安をも持っていなかったのではないか。彼の退職後、20余年間は社会的には絶頂期から後退期、
または下り坂に向かう転換点に立っていたけれど、彼個人の生活は身につけた技術とそれまでの蓄えによって余裕もあり、充分満足できるもの
で、社会的関心よりも個人的関心に埋没していったのではないかと想像する。
・さて、彼の幼年期と最近の経済情勢とは、80余年を隔ててある程度の相似形をなしている。金解禁に備えた意図的な円高政策と緊縮財政、
意図せざる円高と結果的な・余儀なくされた緊縮財政、世界恐慌とヨーロッパの信用不安を契機とする金融収縮。このようなデフレ経済を転換
させたのは、80余年前は、ある程度まで軍事的強制力に押し付けられた戦争経済への突入・野放しの軍事費の拡大だった。
・現在は果たしてどうか。相次ぐ公共投資にもかかわらずデフレ脱却の見通しは立たず、しかも借金財政は過去の金融資産の蓄えに依って
辛うじて賄われてはいるものの、既に限界点に達している。軍事費の拡大に代わる強制的財政膨張要因は社会保障費・保険費・医療費など、
現状では膨張する一方で縮小する見通しはない。
・単純に考えれば、過去の借金を棒引きにしてチャラにするか、税金を大幅に引き上げるか、社会保障費などの支出を大胆に切り捨てるか、この
夫々を適当な割合で組み合わせて乗り切るか、誰が政権を担当しようがそれ以外のいかなる妙案もあり得ない。問題は、如何にオブラートを被せ
てこの苦薬を飲ませるか、また一度はこの苦薬を飲み干さなければ、次のステップに踏み出せないのではないか、という点にある。


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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-30 09:36 | 日々雑纂
2012年 01月 29日

日々雑纂

・大雪の目安とされる上空5千㍍△36度の寒気に仙台付近まですっぽり覆われる。久しぶりに普代の気温変化を見るに、14日に真冬日
の後、26日以降連続して真冬日を記録。但し降雪量は岩手県全般で少なく、過去一ヶ月間の降雪量は平年の30-40%にとどまっている
模様。沿岸部の積雪は何れもほぼゼロ。
二年ぶりに兄を訪問;10時過ぎにスタート、何故か16号バイパスはガラガラと云っても良いほどの空きよう。浦和付近からやや混雑し
始め埼大付近の合流点及び所沢航空公園付近の二車線が一車線に合流する付近は相変わらずの混雑だが、概ね順調と言うべし。
兄弟とはいえ、僕とは20歳年長の86歳で、今年初めて両親の年齢を越え、兄弟姉妹7人の中では今のところ唯一両親の年齢を越えて
健在だ。生き残っているのは長男と僕だけになってしまった。僕と同じく糖尿病、43歳で糖尿病と診断されたそうだから(当時の血糖値は
600を超えたとのこと)既に半生以上を糖尿病患者として過ごしているわけだ。当初は、内科医にかかり、単に血糖降下剤を処方される
のみで、当然のごとく加齢と共に薬の効果は次第に衰え、血糖値は徐々に上昇、血糖降下剤を増量する他、為す所なく、やがて糖尿病
網膜症を発症し、今でも目は見えてはいるものの、三回のレーザー光凝固手術を受けたとのこと。これを機会に糖尿病専門医に初めて
診てもらい、当の専門医は内科医の「お決まりの(というより無能な)治療」に呆れ返ったとのこと。
・以来(それから何年経つかは聞き忘れた)糖尿病専門医に月一度通い、食事及び運動療法・栄養指導を受けると共に、血糖降下剤を
インスリン投与に切り替え、今日に至っているとのこと。(僕の見る所、一応、糖尿病専門医としての平均的基準は満たしているが、いま
一歩踏み込んだ「治療」を追究しようとする熱意は待っていないようだ)
・現状は、ヘモグロビンA1cは6.5%で、血糖管理の状態は一般的に「良」と「可」の中間。食事内容と血糖値の測定記録を見せてもらった
が(かなり几帳面に記録しており、これだけでも一般的にはかなり優良な「患者」とは言えそうだ)、空腹時及び食後の血糖値の変動幅が
大きく、かつ朝食前の空腹時血糖値が150~180を度々超えており、食事内容のより正確な掌握(僕の推測では、主な食事は記録して
いるが、間食の類・調味料的なもの・いわゆる健康食品の類に含まれる炭水化物・単糖類が省略されている)と血糖管理の必要を感じる
けれど、現在の年齢と健康度(下脚部の慢性的な痺れがあるだけで、多少の神経障害があるか、他には特に心臓にも血圧にも異常はない
とのこと)を考慮して、ほどほどにということであれば、こんなもので仕方ないのか(妥協するしかないかな)とも感じる。



クラウドサービスの可能性、富士通は「携帯電話による糖尿病患者様向け支援サービスを拡充」と公表(12/01/26,参照)。
 「からだライフ 糖尿病サポート」では、昨年より、富士通製携帯電話と血糖測定器を連携させ自動で血糖値を記録し、データ管理などを
行う、クラウドサービスを有料で提供してまいりました。今回、対応機種を大幅に拡大し、お手持ちの各種携帯電話やスマートフォンで、
患者様がWebアプリケーションを活用して「食事」「運動」「血糖値」などを管理し、糖尿病の療養に欠かせない食事節制や運動の習慣化を
支援する機能を無料でご利用いただけるクラウドサービスを提供します。
」と云うもの。尤も、管理機能がいくら充実しても、実際に管理する
のは本人だからな。機能の客観的充実は主体的能力の向上に、どの程度資するのか??
・「池田信夫Blog」で初めて知って(1/12/31、参照)、ふと読んでみたくなった【啓蒙の思想】を昨日、図書館から借りてきた。【白い道】と
併せて借りてきた【野蛮と希望の世紀を読む】(【啓蒙の弁証法】と、ほぼ同様のテーマを扱った本の書評集のようだ)ばかり読んで、まだ
【啓蒙の...】のほうは読んでないけれど、1942年に書かれた序文に、次のような一節がある。
「近代科学の営みのうちでは、偉大な発明は、理論的教養のいや増す崩壊という代価を払って購われる、ということに何年も前から気づいて
はいた」「市民的文明の崩壊という)現代の状況においては」、ただ単に学問に従事することばかりではなく、学問そのものの意義が、疑わし
いものになってしまっている
」云々
・携帯電話の機能充実と、これがどういう関係があるかと思うかも知れないけれど、本質的問題提起という点では同じ事だ、と僕は思う。
・科学的・技術的進歩と人間的能力(倫理的能力を含めて、あるいは「とりわけ倫理的能力」といっても良い)は、並行しては進まない。この
点をはっきり見極めておくことが肝要だ。
・例えば、「科学技術の進歩」ということは、ある程度、安心して言えるけれど、「倫理観の歴史的進歩」とか「思想的進歩」とかは、極めて
狭い限定的な意味では云えないこともないけれど、それでさえ「科学技術」のような普遍性はあり得ない。

・多少、違った面があるけれど、池田氏は次のように書いている(【啓蒙の弁証法】の延長上の思想かどうかはまだ分からない)。
啓蒙は世界を「脱神話化」することによってその意味を剥奪し、爆発的な富の増大を実現したが、それはかえって人々の意味への渇望を
生み出し、啓蒙を清算して科学を否定しようとする大衆運動を生み出す。いま起こっている反原発運動がファシズムと共通するのは、科学的
データを「御用学者」と否定して「正義か悪か」を判断基準にしようとする呪術的思考である。
(下線は引用者)
・ある程度の「保留」をつければ、基本的に僕はこの考えに同意する。核分裂反応は、基本的に制御可能な技術かどうかという点は、
「制御」の意味合いによる。いかなる人間的行為にも、偶然的要素を排除した絶対的「制御」可能性はありえない(自然界ではどうかは、
取り敢えず考えない)。その限りで、核分裂反応を爆弾にも電力にも、そのエネルギーを抽出し、利用可能にしたという点では明らかに「制御」
可能な技術である。「原子力は人間のコントロールできない凶悪なエネルギーだ」などという議論は、技術そのものを罪悪視するお伽噺だ。
・ところが、実際に核分裂反応を武器や電力発電に利用するかどうかの政治的・経営的判断には、その基礎になる「科学的データ」を含めて
無数の恣意的要素が入り込んでくる。すべての恣意的要素を排除したにしても、「科学的認識」そのものの相対的限界は免れない。
・さて、どうしたら良いのか。どんなに画期的な・革命的思想も、それが思想信条として絶対化されると共に、やがてその最も醜悪な側面を
さらけ出し、人間にとっての災厄以外の何ものでもないものへと転化してしまう事実を見据えるとき、何らかの思想ではなく、「思想」そのもの
への懐疑と諦観は始まる。

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-29 05:39 | 日々雑纂
2012年 01月 28日

日々雑纂

・引き続き【白い道】(中巻)を読む。第9章「親鸞の出家」が良い。「往生要集」冒頭の地獄編が、単なる想像上の絵空事ではなく、
まさに生身の現実として、日常的有り様として迫ってくるような様相を活き活きと描いている。「末法」の意味、末法思想が歴史的
現実として活き活きと浮かび上がってくるような社会的現実をイメージして見ること。このような操作を抜きにしては法然や親鸞の
思想を理解することは不可能だ。この場合、「理解」するとは同化することでないのは勿論、同意することでもない。
・吉川英治「親鸞」は親鸞が9歳で出家した際の神童ぶりを描いているが、【白い道】では、山門をくぐるに際して親鸞の眼に映じた
路々の地獄絵図、そのような現実社会と一種隔離された仏門とを隔離する山門の扉...などを通して描いている。小説的描写として
は、後者のほうが良いな。
・第8章「東国決起」では頼朝の挙兵を扱っている。前々から不思議に思っている、というか考えているのは頼朝が蛭ヶ島に流刑に
されてから挙兵するまでの20年間の人格形成・思想遍歴とはどんなものだったか、ということ。この時期の史料は皆無に近いの
だから想像するしかないのだが、1147年に13歳で流刑にされ、1180年に33歳で挙兵する。この後の頼朝の治世を「吾妻鑑」から
読み取る限り冷徹な現実的政治家(僕は大久保利通タイプの政治家を想像する)である。果たして、このような人格が流刑生活の
ような閉じ込められた生活環境で形成されうるのか、というのが最大の疑問点だ。最も安易な考え方は北条時政の単なる傀儡では
なかったかと見なすこと。本書では、頼朝・時政・政子の関係をサラっと面白く触れているが、核心には深入りしていない、無難な所。
独立独歩の機運にあふれた東国政権は、平家の支配する京洛の政権を認めず、京で治承五年七月に年号を養和と改め、翌年には
寿永と改元してもこれを用いず、依然として治承五年、六年、七年としていた。東国独立の気概に満ちていた頼朝であったが、三善
康信の神の意志を体した天皇の犯すべからざる権威と権力の強い諫言をを受けた後、次第にその態度を軟化させていった。頼朝は
将門のように自らが天皇となって君臨することよりも、天皇信仰の不可解なまでの権威と権力を最大限に利用する、その一点に
戦略が絞られていった
」200p、⇒ここは151pからの「頼朝と康信の対話」(第9章)の一節とともに極めて面白い。
・東国武士の独立不羈の精神を貴族政治に対立する武家政権を確立するエネルギーとして吸収する一方、自己の権力に対立する
エネルギーとして切り捨てていく過程(あたかも民族独立のエネルギーを革命に利用する一方、権力獲得と共にそれを抑圧する
ソヴィエト権力を見るかの如し)⇒第10章の「東国政権樹立」の一節;上総介広常と三善康信の論争
・【白い道】(下巻)、次第に朝廷政治にのめり込み、依って東国御家人勢力の反発を買い、遂には彼らに依って謀殺されたものと
描いている(第13章のうち「朝廷に接近図る頼朝」の節)⇒なおWiki【源頼朝】では「各史料では、相模川橋供養の帰路に病を患った
事までは一致しているが、その原因は定まっていない。吾妻鏡は「落馬」、猪隈関白記は「飲水の病」、承久記は「水神に領せられ」、
保暦間記は「源義経や安徳天皇らの亡霊を見て気を失い病に倒れた」と記している。これらを元に、頼朝の死因は現在でも多くの説が
論じられており、確定するのはもはや不可能である
」としている。
・この後、直ぐにひたすら北条家の繁栄を政子及び頼朝の転覆を図る北条一族の姿を描いている(第14章)。

・たまたま「MediEigo」というサイトの「ソーダ課税で医療費が激減?」記事に行き会う(参照)。
砂糖の入った飲料への課税で,医療費を大幅に削減できるとの試算結果が発表された。炭酸飲料,甘くしたお茶,スポーツドリンク
など砂糖を多く含む飲み物は,2型糖尿病や肥満の原因とされ,米国の一部の州や市でこれらの摂取を減らすための課税が検討
されている。今回の試算では,米国全体での1オンス(約30 cc)当たり1セントの課税により,向こう10年間に10万例の心臓病,
8,000例の脳卒中,24万例の糖尿病,2万6,000例の死亡を防げるとの結果が出た。
」というもの。
・記事もさることながら、「医療関係者向けの英語学習サイトです」と銘打ったこのサイト、医学関係英単語を勉強するには持って来い
だな。

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-28 05:21 | 日々雑纂
2012年 01月 27日

日々雑纂

・【白い道】を読んでいて、頭をガツンとやられた印象を持ったのは、次の一文。
当時の農耕で見逃せないのは、水田耕作が実は差別の元凶になったことである。種籾のことをスヂと言った。スヂがあるとかスヂが
良いというのは、そういた種籾を所有する、いわゆる筋目のある家のことであった。種籾の所有者は土地に定着して、田植え期になると
人を集めて種籾を貸し出して水田を作る。集められた人々は、水田も種籾も所有しない、いわばスヂのない人間として低く見られ、
そこに差別観念が生じたものと考えられる。家筋とか血筋という言葉は、非常に差別的な意味合いを持って、この水田耕作重視の律令
制から発したものである。
それ故、水田耕作にまったく携わることのない山間や河辺、海浜に住んでいる狩猟師や金掘り師、炭焼き人、木地師、渡りといった人々
や関守の長吏や土師、鉢叩きと云われる聖、商人や永袖といわれた医師、そして遊興者としての傀儡などは、ことごとく卑賤の対象
にされることになる
。」118p
網野善彦の史観と通底するものかどうか、後者から学んだものか、独立した考えか、その辺は分からない。「現在の日本人は、.....
稲作農耕民の伝統の上に立っているという思い込み」とか「稲作文化は専ら支配階級の関心事であり、一般の百姓は畑作農耕によって
生き延びてきた」とか書いたことはあるけれど(土を考える/日本人は稲作農耕民か/8、「環境」と云う殺し文句、07/07/22、参照
ここで云うほど明確に定式化しては考えてはいなかったな。

・ちなみに「すじ」で、日本国語大辞典に「稲の種とする籾(もみ)。もみ種。」と載っている。一方、「字通」には「筋」として「筋肉が骨に
連なるところの腱の部分の象形。」としか載っていない。日本国語大辞典の「筋・条(スジ・スヂ)には「植物などに含まれる繊維質のもの」
との意味はあるが、直接、種籾の意味は載っていない。両者は共通する所があると見なしてよいかどうか。
・ところで、昨日の【白い道】からの引用に「貧賎、愚痴、少聞、破戒といったこれまでの仏教が歯牙にもかけなかった人々」云々とある
下線部は、一連の熟語として、どこかに載っているのか、それとも三国さんのもの?「少聞」は、日本国語大辞典には載っておらず、
「字通」に「寡聞」と同義として載っている。「卑賤にして寡聞なりとも、戒智あらば勝れたる人なるべしと」と【沙石集】に載っているそうだが
この本は、法然の死後のもの。

・【海の都の物語】は、ヴェネチア共和国一千年の歴史を扱った塩野七生さんの名著。その中に、こんな一節がある。
ヴェネチアはその一千年を超える歴史の中で、一度たりとて、古代ローマが享受したパクス・ロマーナのような、彼らにとっての平和は
味わったことがなかった。....法の公正と国家への愛情から、しばしば中世のローマと云われるけれど、なんといっても海洋都市国家で
ある。天然資源は塩しかなく、人的資源も、....この時期、十万を超えたかどうかという状態であった。1338年には13.3万人に達した
けれど、10年後のペストでは、三分の二に減ったと云われる。

・以前(12/01/10、「人口減少時代のパラダイム転換」、参照)で、内村鑑三の【デンマルク国の話】、または少日本主義・大日本主義
の中で触れたけれど、海洋国家でありながら、鎖国主義で内に閉じこもったり、大陸国家の真似をして大日本主義の尻馬に乗ったりして
痛い目にあったりしたけれど、様々な面での(根本的な)条件変化が予想される時代(ニューノーマルな時代)、いまだ問題点そのものが
見えてこない政治的混乱、または停滞が続いているのは、余りにも近視眼のせいだろうか。


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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-27 08:22 | 日々雑纂
2012年 01月 26日

日々雑纂

・20日から今日までの一週間、前半4日間は雨又は雪の日が続いた。先月4日以来殆ど降っていないのだから、野菜にとってもインフルエンザに
対しても「恵みの雨」。一方、僕自身の「活動量」は、20、21日の二日間の一日の総エネルギー消費が1449(ほんとかね?)、1546;活動エネ
ルギーが226、323Calだそうだ。その後の四日間で挽回すべく、80~100分程度歩く。
・そのせいかどうか、昨日は歩いていてやや足が重い感じ。今日は散歩を止める。
・三國連太郎の【白い道】(第一部上)と中里介山全集第十五巻から【法然行伝】を読む。後者は解説によれば【法然上人行状絵図】を忠実に
わかりやすく、読者の前に提供したものとのことだ。
・法然その人の思想を理解する上では、【白い道】の
法然は弥陀如来の慈悲が貧賎、愚痴、少聞、破戒といったこれまでの仏教が歯牙にもかけなかった人々にも注がれ、称名念仏によって救われ
ることを高らかに宣言したのであった。観念的な教義の展開の範囲としても、仏教の光明さえ閉ざされていた人々にも仏の救いの手を差し伸べら
れ、仏の前では平等であるとした法然の思想は、それ故、日本仏教の一大転換をもたらした画期的なものであった
」(毎日新聞社板、231p)
というのがわかりやすい。
・昔々、法然の思想を「称名念仏」(「ただ念仏さえ申せば往生する」)と聞いた時、ルターの宗教改革の第一歩となった免罪符の販売行為、
「贖宥状を買うことで、煉獄の霊魂の罪の償いが行える」(更に通俗化して「贖宥状を購入してコインが箱にチャリンと音を立てて入ると霊魂が
天国へ飛び上がる」という言葉として伝えられた)と一緒じゃないかと思ったものだが、専ら支配階級のに奉仕するものに過ぎなかった仏教を
民衆宗教に転換したという点に本質的な違いがあるだろうな。
・宗教改革を同じような観点、国家宗教を民衆宗教に転換する契機になったかと考えると、多少違うな。ミュンツァーの思想にはそういう側面が
あったけれど、本流は観念的な世界国家、ないし世界宗教を、実質的に領邦国家の宗教に転換させた点に意義がある。それまでは各君主の上に
立っていたローマ法王の権威を否定し、領邦国家を法王への精神的従属から独立させた点に意義がある。仮にそうだとすると「民衆宗教」としての
転換点はいつのことか?


2月上旬にかけて記録的寒波の恐れ参照
c0048643_1715783.jpg
今後1月23日(月)以降も第一級の寒気が日本付近に
停滞し、2月上旬にかけて冬型の気圧配置が続く見込み
です。日本付近の気温は平年に比べて2~3度以上低い
状態が続き、北陸や西日本の日本海側を中心に、大雪の
恐れがあります。これまでの冬の天候の経過や、今後
2週間以上にも及ぶ長い寒波は、豪雪によって災害史に
名を残す『三八豪雪(昭和38年1月豪雪)』や『五六豪雪
(昭和56年)』、『平成18年豪雪』に匹敵する規模になる
可能性があり、.
..」云々



お粗末、議事録作成を徹底=公文書管理法の周知指示へ-藤村官房長官
・藤村修官房長官は25日の記者会見で、政府の原子力災害対策本部の議事録が作成されていなかった問題について「公文書管理法の周知が
行き届いておらず、(議事録作成の)意識が薄かった」と述べ、政府内の各会議の議事録作成を徹底する方針を示した。 同法では、省庁職員に
政策決定の過程での会議の文書づくりを義務付けている。藤村長官は、政治家による政務三役会議や閣僚会議についても「決定、了解した事実
があるなら記録すべきだ」と表明。(jiji.com、12/01/25から)⇒意識の問題とは違うだろう

貿易赤字は一時的現象か?
・野口悠紀雄氏によれば、2011年の2.5兆円の貿易赤字は、一時的なものではなく、構造的なものであり、日本経済が「ニューノーマル」な時代に
入った現れである(ダイアモンドOnline、12/01/26、参照)。
貿易収支が回復しない理由は、4つある。(1)アメリカの消費ブームの終焉、(2)円高、(3)電力制約、(4)生産拠点海外移転である。
 これらの要因は、一時的なものでなく、構造的なものだと考えられる。つまり、日本経済は「ニューノーマル」の時代に入ったのであり、貿易赤字の
定着は、そうした条件変化の表れだと考えることができるのである
。」云々

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-26 08:18 | 日々雑纂