農のある風景/作業日誌/ようこそ!!荒木農場へ

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カテゴリ:日々雑纂( 150 )


2012年 01月 25日

日々雑纂

首都圏で4年以内に大地震の可能性70%(12/01/24、WSJから、参照
ネオン瞬く都心も含めた南関東地域で4年以内に大地震が発生する可能性が70%というのだ。これは、マグニチュード(M)9という日本史上
最大の地震が昨年発生したことの影響によるという。
「地震活動を研究する政府の地震調査研究推進本部はこれまで、30年以内にM7以上の大地震が首都圏で発生する確率が70%と述べて
きた。だが、東京大学地震研究所によれば、3月11日以来絶え間なく地震が発生していることから、今まで予想していた以上に早く大地震が
発生する確率が高まったという。地震研では、首都圏で大地震が30年以内に発生する確率は今では98%と計算している。
地震研によれば、1つの地域における大地震の起きる確率と小規模地震(M3~6)の発生回数は比例する。つまり、小規模地震の頻度が
高いほど、壊滅的な大地震が発生する確率が増すことになる。
「3月11日から11年末までに日本で発生したM5以上の地震は合計577回で、気象庁が観測した1996年~ 2011年末までの年平均回数の
約4倍だ
。云々⇒「予測精度」は高まったとは云えるかも知れない。では、その結果として実践的に何が出来るか視点で考えると、確率予測の
意味は何だろうか?専門家の”逃げ”ではないかとの



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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-25 08:12 | 日々雑纂
2012年 01月 24日

日々雑纂

・昨夜は一時的にやや強い雨、その後雪に変わるが、日替わり前には既に止む模様。
薄っすらと道路は白く積もっている。新聞配達のバイクが凍った雪を踏む音が時折聞こえる。
積雪は3~4センチだろうか。都心は4センチで6年ぶりの積雪だそうだ。朝から強い陽射し、5日ぶり。
「冬型」だとは云うものの、日本海には次の低気圧が接近しており、午後には早くも、低く・厚い雲に覆われる。

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-24 04:50 | 日々雑纂
2012年 01月 23日

日々雑纂

・朝から重苦しい曇り空、いつ雨になってもおかしくない風情。昨日の予報では、さいたま市は終日晴れマークになっていたが、豈図らんや。
・普段は、専ら文化公園・城址公園と緑の多い区域を散歩しているが、今日は郵便局に用事があったこともあって久しぶりに街中方面に向かう。
郵便局・ダイソー(ここでコピー&クレヨン購入)を経て真福寺方面(参照)、ここからは再び緑地指定地域に指定され、1~2町歩程度の畑も散在
している。帰ってから俯瞰図を見て納得がいったけれど、歩いている最中は、途中からどこをどう歩いているか分からなくなってしまい、城南小
学校の脇を、本来は正門前から北側に曲がるべきところ、東側に通りすぎてから曲がったお陰で混乱して、元きた道に戻ってしまった。どうも
空間認識が、少し怪しくなったのかしら。お陰で一万歩程度/1時間40分ほど歩き回った。
・16号バイパスの北側には、中々良い田園地帯が、未だに残っており、特に柏陽中から正蔵院・浮谷地区などは散歩するに良さ気な処だ。
・18時過ぎには、とうとう雨が降り出す。

・高脂肪食ないし低炭水化物食に対する反対意見⇒「日本人は肥満に弱い その5主食を食べない糖尿病治療」(参照
・「糖尿病治療に低炭水化物食は是か?非か?」⇒ドクター江部さんのディベートセッションの報告(参照)、
「糖質制限食批判の根拠として引用されているDiabetesの論文について」(参照
参考:1.脂肪肝に関連して、「非アルコール性脂肪性肝疾患における炎症の進展」(参照
2.「脂質異常症の食事療法」(参照
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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-23 10:18 | 日々雑纂
2012年 01月 22日

日々雑纂

・昨日は終日小雨、18㍉前後、気温は3~4度、一昨日から同じような空模様。今日もまた同じか。過去30日間の降水量で見ると、太平洋側の
渇水状態は、北東北の沿岸部を除いて、ほぼ解消しつつあるか。
・午後雨の予報、午前中、3日ぶりの散歩に出る。予報に反し薄っすらと晴れ間、レーダーアメダスでは雨域は抜ける、次の低気圧が接近して
いるが、北側にそれるか早くとも夜遅く。今週の運動不足を取り戻すべく再び散歩に出る。次いでに図書館から借りた【異所性脂肪】のコピーを
取る。120頁で3800円、全部のコピーをとっても300円だからね、到底、買う気にはなれないな、しかもこの手の研究論文集は結構、繰り返し
が多い。

◆異所性脂肪
・ちょっと気になっていることがある。別段、「気に病む」という意味ではなく、「ちょっと注意して調べている」という意味だ。食物から摂取する脂肪
と身体の脂肪の関係だ。脂肪の摂取量が多ければ、肥満になるわけではないし、体脂肪率が高くなるわけでもない。あくまでもエネルギーの
収支バランスがポイントで、支出より収入が多ければ(身体の預金は)、その収入源がなんであれ脂肪として蓄えられる。こんなことは常識じゃ
ないかと思っていたが、「必ずしもそうじゃない」ということは、この問題をめぐって未だに論文やら著作物が沢山出ていることを見ても伺われる。
・バーンスタイン医師は、(前にも引用したことがあるが)「脂肪を摂ることがあなたをあなたを脂肪太りにするという誤った議論は、〈トマトを食べ
れば赤くなる〉と云っているのと同じ程度の科学的論拠である」と喝破している。
・しかし「栄養バランス」の観点から脂肪摂取量は総カロリー摂取量の20~25%以下に抑えるよう推奨されている。日本糖尿病学会の推奨
する「食事療法」では炭水化物60%、タンパク質15~20、脂肪20~25となっている。僕は、いろいろ試行錯誤のすえ、血糖値管理を最重視
すれば炭水化物は20~30%に抑えるほかないと考え、実際そうしている。最近は、いちいち計量してないが脂肪の摂取量は結果的に30~40
程度になっている。血糖値管理の視点からは、それで良しとして、果たしてこれで他のリスクはないのかどうか、それを考えている。
・一つは「高脂肪食は食後高血糖を抑制する点では動脈硬化を抑えることが考えられますが,食後脂質代謝異常によって,トータルで動脈硬化
を進展させている可能性があ
ると言えます
」(参照)という指摘。同じことは「食後高血糖のみを危惧する余り低炭水化物食を奨励することで食後
高TG血症を引き起す
ことが、実際には動脈硬化をより促進させてしまう可能性がある
」(12/01/11「低炭水化物食への一つの懸念ないしは
忠告」参照
)とも指摘されている。
・二つ目は、最近新たに注目されている「異所性脂肪」に関連して、骨格筋細胞内脂質の増加及び肝脂肪の蓄積とそれに伴うインスリン抵抗性
の問題。「異所性」脂肪というのは、皮下脂肪や内臓脂肪のような脂肪組織以外の「本来あるべきでない場所」に過剰に溢れ出した脂肪という
意味(と、僕は理解している)で、肝臓や骨格筋、心臓その他の臓器の周囲等々至るところに付着しているようだ。
・で、問題は日本人(ないしアジア系住民)は、遺伝的に皮下脂肪や内臓脂肪の収容能力が低いのか、肥満でないにもかかわらず「脂肪肝」の
割合が(欧米人に比べて)高いことがひとつ。次に骨格筋細胞内脂質に関して「2 型糖尿病では,非肥満の状態でも骨格筋細胞内脂質は健常
者の約 2 倍と筋細胞内は“肥満”状態となっており,インスリン感受性も健常者の約50%しかないこと
」「長距離ランナーにおいて,たった3 日間
の高脂肪食は骨格筋の細胞内脂質を倍増
させ,その変化量は,極めて個人差が強いこと
」(参照)という指摘があること。
・但し、「異所性脂肪」が、皮下脂肪や内臓脂肪の過剰蓄積に先立って蓄積されることはなく、その意味ではあくまでも脂肪の過剰蓄積が大前提
としてある。
関連する余談
・Googleで「異所性脂肪」と検索すると約57万件ヒットする。NHKでの放送が話題になっているらしいが(参照)、この紹介にある
「肥満=病気」という従来の常識が大きく変わりつつあります。
肥満の原因として皮下脂肪や内臓脂肪が挙げられますが、「太っている」「やせている」
に関係なく、誰でも蓄積する第3の脂肪「異所性(いしょせい)脂肪」の存在です。

との解説、また《NHK追跡!AtoZ3月6日放送【「肥満は悪くない!?」太らずたまる悪玉脂肪》との表題は、多分、曲解か誤解に因るものだろう。
・ちなみに「異所性脂肪」でGoogleSchlarの検索にかけると、わずか14件しかヒットしない。しかも内容も読める論文はたった1件だけで、ほかは
表題だけ、要約(Abstract)もついていない。一方、「ectopic fat」でWeb全体で検索すると約3150件ヒットし、その全部は見てないけれど、
ほぼ必ずAbstractがついており、相当量の論文はWeb上に全文公開されている。はっきり云って、日本語で検索される57万件は屑ばかりで
読むに値しないと見なしている。

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-22 10:36 | 日々雑纂
2012年 01月 21日

日々雑纂

・暗い、7時ころまでは雨は降っていなかったが、再び降り始める。特に厚い雨雲ではないが、列島全域が雲に覆われている。
午後になって、やや雨脚は強まる。
・昨夜読み始めた【老嬢】は一気に読了。「解説」にあるように「その筋だけを取り出してみると、俗悪なメロドラマに過ぎなくなってしまう」
の通りだが、筋なんかはどうでも良い。ともかく面白い。楽想はロクでもないが、奏でる音が惹きつけずにはおかないシンフォニーのような
もんだ。
・ちょっとした片言隻語のなかに、革命の動乱からナポレオンの帝政を経て王政復古に至る1820-30年代のフランスの紆余曲折の様
が映し出されている。
・「コルモン家はデュ・ブスキエの巧妙な指導のもとに、あの、真に自由主義的でもなければ、はっきりとした王党派でもないという始末の
悪い見解を代表することになった。極めて尊厳で、極めて偉大で、唯一の真の権力すなわち王権と、およそまやかしで、甚だ変わりやすく、
極めて圧制的な権力、すなわち選挙による議会が行使する、いわゆる議会勢力との間の闘争が明確な形を取った暁に、「221人議員」を
生み出した政治的見解である

・「共和主義思想というのは、最初の若気の過ちなのです。若い時は自由を求めながら、見出すのは最も恐るべき独裁政治、つまり無能
な衆愚の独裁政治なのです

・【断腸亭日乗】には、毎日のように銀座や玉の井に通う話が出てくる。今の銀座は知らないけれど、50-60年前の銀座なら(兄が一時
銀座付近に住んでいた関係で)、多少は知っている。が、「玉の井」となると荷風の日記から大体の見当はつくがイメージがわかない。
・今和次郎の【新版大東京案内】(昭和四年に中央公論社から出版された本の復刻版、批評社刊)に「私娼街」として亀戸、玉の井が
紹介されている。「玉の井は、浅草駅から二つ目の停車場玉ノ井から北ニ三丁の一円を占めている。亀戸も玉の井も、暗黒街の名に恥じ
ず、まるでトンネルを潜るような暗いジメジメした通りから成り立っている。広くて九尺、多くは六尺幅の道、甚だしいのはやっと人が歩ける
三四尺幅の道の両側に、その暗い家がズラリと並んでいるのだ。その露地、小路の多いこと、一度迷い込んだら、明るい娑婆には出られ
そうもない感じ....、そういう中に二千人の私娼が、その青白い笑いを売っているのだ
」239p
・昭和四年というと、関東大震災から6年、昭和の金融恐慌から2年、昭和三年には関東軍の画策した張作霖爆殺事件が起こり、議会では
「満州某重大事件」として政府の責任が追求され、責任を負った田中内閣は総辞職、代わった濱口内閣は年来の金解禁に備えた厳しい
緊縮財政に踏み切るなど年表からは、暗い・沈んだイメージの東京が想像される。一方、今の「大東京案内」からは、猥雑で・混沌とした・
活気に満ちた伸び行く東京の実相が浮かび上がってくる。ここには、いわゆる「昭和史」などからは窺い知れない姿が垣間見える。
・といって、もち論、苦悶の姿がないわけではない。「恐慌時代」として、こんな指摘もある。
なぜ花柳界が苦悶をする。それは言うまでもない日を追って発展するカフェーやバーの圧迫、取り分け激しかった昭和四年の夏枯れに
加えて、濱口内閣の高圧的緊縮政策という風で、まるで花柳界は三方から詰め腹でも切らされそうになったことである。
...云々」

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-21 10:21 | 日々雑纂
2012年 01月 20日

日々雑纂

・窓ガラスを揺らす音頻り、やや風がある。4時頃、外を時折通る車の音に、既に雨の降る気配が感じられる。早朝「雪」の予報が出ていたが、
5時のアメダス気温(さいたま市)は0.5度、昨日はこの時間△2度だったから、やや高め、雪にはならぬか。3時の天気図では低気圧の中心は
四国沖にあって東に進んでいる。予報ほどには北上せず、関東地方の雨も長続きはしないか。
・6時前から霙から雪に、再び霙。昼過ぎに雨雲本体は既に洋上に抜けているが、降ったり止んだり。時々大粒の雪に変わる。当て外れ!!
・16時現在、依然として(スッカリ雨に変わったが)小降り続き、「長続きしない」見通しはまったくの当て外れ。一歩も外に出ず、只管読書。
16時までの活動エネルギー175、歩行数530だと。日曜日まで雨がちだとすると、ちょっと今週は深刻だね。
・お陰で鳥居民の二冊と「現代日本記録全集」第22巻所収の松前重義【二等兵記】の三冊を読了する。鳥居民について、昨日「貴重だとは
思うものの、煩雑にすぎるというか、波長が合わないというか二冊目以降はまだ読んでいない」と書いたけれど、要するに細部にこだわりすぎて
大道を見失っている
、点が「波長が合わない」ポイントだな。歴史読み物としてはそれで良いとしても、歴史観としては幼稚にすぎる。尤も、
「読み物」としては登場人物の躍動感に欠ける。筆者の強い思い入れにもかかわらず読み手は退屈してしまう。
・【二等兵記】は面白いが、同時代の人間(政治&軍事の指導層を含めて)が、戦争の実態・戦力の実態を、どの程度認識していたのか、或い
は認識していなかったのか、同時代の記録を通して押さえておく必要を感じる。この点、高木日記・細川日記・暗黒日記などは貴重。
・他に「バルザック全集」第8巻所収の【ゴリオ爺さん】を、去年から読んでいるが、やっと読み終わる。一言で言って「どうでも良い」というか、
娘を溺愛して全財産を注ぎ込み、自分は裏町の寂れた下宿屋に一人孤独に生活しながら娘達の社交界での華やかなデビュウの姿を垣間見る
ことで自分のいかなる困苦や犠牲も一瞬にして癒されるという類のヘンテコリンな父性愛、自分は娘達からあっさり見捨てられてしまうのだから、
一方的な・献身的愛ということになるのだが、そんなものがテーマだ。何年ぶりかで読んだが、面白くもないな。バルザックの中では愚作だ。
・次の【老嬢】は、面白い。


消費税引き上げ
・野口悠紀雄氏が「週間ダイアモンド」(12/1/19号、参照)に「消費税率の引き上げで財政再建ができるか?」を書いておられる。要するに、
結論は「出来ない」のだが、実証的で面白い。

今年の中国の見通し
・《田中耕太郎の「坂の上に雲はない!」》(週間ダイアモンド、12/1/20号、参照)から
「中国は習近平氏に政権が移行するが、胡錦濤氏時代より集団的指導体制が強化される見込みだ。強権的国家資本主義とみられる中国だが、
実は指導部内では非常に民主的
。誰一人として絶対的主導力を持たず、習氏も重要課題に対しては平等な一票しかない。とくに政権移行期に
あたる今年は、中国新指導部は安全運転に徹すると見られ、現体制と全く違ったアプローチを見せることは考えにくい。」
「最近まで、沿岸部から内陸部まで過剰なインフラ整備が続いたことを「バブル崩壊の危機へ向かう」と指摘する声が多い。もちろん、多少の
バブルがはじける可能性はあるが、今年の中国なら、その悪影響を排除するに十分な手段と資産(財政力含め)を持っている。もし危機に陥れ
ば、それらを総動員して対処するだろう。」


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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-20 05:51 | 日々雑纂
2012年 01月 19日

日々雑纂

c0048643_9571579.jpg・比較的良い天候は、今日の午前中いっぱいだろうか。「良い」と
いっても、既に朝から陽射しの影は薄くなっている。明日後半から
日曜日にかけて時々雨の予報で、降れば三十数日ぶりの雨という
ことになる。日本海側は「記録的な」大雪だそうだが、太平洋側は
青森から九州に至るまで過去30日間の降水量は平年値の20%
以下とか。

・陽射しのあるうちにと、午前中、散歩に出る。元荒川沿いに旧16号
まででて、ちょっと旧道の沿道を歩いて、そこから閑静な住宅街に
退避して、迷路のような住宅街の中を俯瞰もならず、ウロウロ抜けて
城址公園に入る。城址公園脇では、去年までは、かなり大掛かりな
縄文遺跡の発掘調査をやっていて、やがてここに遺跡博物館を建設
するような施設計画の看板が立っていたが、財政難で果たして中止
になったのかどうなのか、いまは調査の痕跡さえもなく、ただロープ
で囲っただけの空き地に変わっている。

・公園内には、小さなアスレチック施設があって、幼児を連れた母親と
トレパン姿の老人、サイクリング車を脇においた青年だけがいた。
何十年ぶりかで、ふとその気になって丸太渡りをやってみた。
・山登りをやらなくなって三十年以上、沢登り・岩登りとなると四十年以上はやってない。平衡感覚は今でも確かだろうか?
・ヨガの一本立ちのポーズは、2-3分は続けられるから、多分、丸太の上でも大丈夫とは思うものの、高い丸太の上を歩くとなるとどうか?
・最初は膝くらいの高さ、おや行けそうだ。一度目はちょっとふらついたけれど、二度三度渡るうちに安定してきた。これならと、今度は、櫓の
上の高さ3㍍位の上に渡してある丸太の上に立ってみた。「行けそうだな」とは思ったが、落ちたら難儀だなと思って止めた。
・図書館によって予約しておいた本三冊を借りてくる。鳥居民の【日米開戦の謎】および【近衛文麿「黙」して死す】、近衛文麿の秘書官
だった細川護貞の【細川日記】。
・鳥居民、この人の【昭和二十年】は一冊だけ読んだことがある。昭和二十年の一年間だけを十数冊のシリーズで書いておられる。貴重だと
は思うものの、煩雑にすぎるというか、波長が合わないというか二冊目以降はまだ読んでいない。昭和四年生まれで、敗戦の年16歳だった
この人の「戦争」(開戦から敗戦に至るまでの)に対する異常とも言えるほどの執念を支えているものは何だろうかと時々考える。
・僕は、ある時期まで「(日本の)政治的危機下での意思決定」という問題をテーマにしていて(今では、そんなことお天気程度の関心しかない
し、ほとんど研究する価値もないと思っているけれど)、幕末の政治外交史と太平洋戦争期の政治史を勉強していたことがある。そのせいか
時々、思い出したように読んでみたくなることがある。【細川日記】は、三十年以上前に何度も読んだけれど、高木日記、矢部日記、東条暗殺
計画と突き合わせてみたくなって借りてきた。

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-19 10:00 | 日々雑纂
2012年 01月 18日

日々雑纂

・昨日から吉川英治【親鸞】を読み始める。糖尿病および心臓病の研究書を別にすれば、もとよりなにか系統だった読書をしているわけではない。
気の向くまま、興に乗るに任せて乱雑に読み散らしているに過ぎない。突然、親鸞を読み始めたのは、別段、何かの発心あってのことではない。
・【矢部貞治日記】(銀杏の巻)に、昭和15年末から翌年正月にかけて「親鸞」を読んだ記録があり、16/01/01にこんなことが書いてある。
僕は炬燵で「親鸞」を読み耽った。女人との煩悩のくだり心打つものがあり、求道の欣求と、それを黒谷の市井に見出すあたり、学問の道に
志すものにも示唆が深い。特に僕は、自己の地位と、不断に心に蟠る学問の惑いの間に、教示深く読んだ。何かしら、生の人間にとっての仏法
の教えがますます心にかかるのである。人の実相を離れて真理はない

・もう、何十年も前のことだが丹羽文雄の「親鸞」を一部だけ読んで関心を持ったことがあり、いつか読みたいなと思っていた心が
「求道の欣求と、それを黒谷の市井に見出す」云々の一句に、にわかに惹かれて読み始めた。
・日本の仏教は、鎌倉時代になって初めて民衆宗教として花開いたという漠然とした思いがあるだけで、僕は鎌倉仏教については何も知らない。
・親鸞については「妻帯」でつとに知られている。が、その「妻帯」行為が、当時の仏教界にどれほどの衝撃を与えたか、そもそも何故そのような
行為に及んだか、その意味は何か等、考えたことはなかった。この場合、「考える」とは、その時代に・親鸞の置かれた立場・彼が生活した環境
に自らを置いて「考える」ということだ。吉川英治は、これを見事に・活き活きと・活写している。
・青年親鸞が、自らの煩悩に苛まされ、生死の境を彷徨う難行の末、思い余って黒谷の法然を訪ね赤裸な懺悔を吐き出す場面、
法然は終始じいっと眦をふさいで聞いていたが、やがて半眼に開いた眼には同情の光がいっぱいあふれていた。いじらしげに、29歳の青年の
惨たる求法の旅の姿を見るのであった。ひたむきに難行道の険路にかかって、現在の因習仏教の矛盾と戦い、社会と法門の間の混濁を泳ぎ
抜き、さらにその旺な情熱と肉体とは、女性との恋愛問題とぶつかって、死ぬか、生きるかのー肉体的にも精神的にも、まったく、荊棘と暗黒の
なかに立って、どう行くべきか、僧として、人間として、その方向さえ失っているというのである。.....
『わたしは、遂に、だめな人間でしょうか。忌憚なく仰ってください』....
『あなたは、選まれた人だと私は思う。この人間界に・五百年に一度か、千年に一度しか生まれないものの内のお一人だと思う』....
『お寛ぎなさい。もっと楽な気持ちにおなりなさい。....自力難行の従来の道にある人が、一番怠っているその自力を出すことと難行を嫌うことで
した。それへあなたは真向にぶつかっていった。そして当然な矛盾に突き当たったのです。けれど、今のつき当たった境地こそ実に尊いものです』

(全集版233p)
・親鸞から、姫を「妻に頂きたい」との懇望をうけた前関白九条兼実はその議を一族に諮り、当然のように猛反対を受け、思い余った末、やはり
法然を訪ね、愚者も悪者も、聖人も俗人も、一切他力本願、念仏によって救われるとする念仏門への疑念を質す場面。
『.....では何故、僧は妻をもたぬか、肉を忌むかということに考え至るからです』
『いと易いお尋ねじゃ、それらの行はすべて、修行の障りとなるために、自力を頼んで排した難行道の相なのです、他力易行の門には敢てない
ことじゃ、有るがままの相に任せておくのみで、こうあれと強いるとことは既に難行道になろう。
(同、264p、下線は引用者)
・「妻帯」という、いかにも自然の行為が当時の仏教界において、いかに破天荒な革命的行為であったか、それを決断するに至るまでの親鸞の
苦悩がいかに深いものであったか、いってみれば世間の常識という、単なる人間界の便宜的・一時的な約束事(いわゆる科学的認識も、敢て
含めて)を覆すことが、いかに困難な荒業であるかを見事に描き出している。
・昔、吉川英治の【新平家物語】を通じて初めて平家の歴史的役割が肉感を以て理解できたような思いをしたことがあるが、小説【親鸞】を通して
鎌倉仏教の実相にいくらか触れ得たかの印象を持つ。
・「救われる」という思い、その切実さは昨年の三陸大津波のような大災害が日常茶飯の出来事としてあり、人間の生き死に・生き別れ・家族の
生死不明、天変地異などが相次いで生起する世の中(「方丈記」の冒頭を読むと、そんな世の中が想われる)を想像してみれば、多少でもその
実相に迫り得るだろうか。
・同時に、法然・親鸞の行く末を思えば、当時の一般庶民の反応はともあれ、権威社会(比叡山他既存仏教界およびその思想的影響下にあった
上流・貴族社会)が、いかに愚劣な反応しか示しえないか、どんなにそれが道理に反する行為であれ、それが権威社会の”自然の”反応に過ぎ
ないか、数百年・千年たとうがこの反応に、大した変化はなさそうだと見極めがつくと、いくらかでも淡々と生きられるだろうか。

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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-18 18:38 | 日々雑纂
2012年 01月 17日

日々雑纂

・2時前に起きる。乾布摩擦やヨガポーズを半時間、その後体重を測ってみる、52.6㌔、先週一週間の総エネルギー消費量は1600台に落ちて
いるが、体重が殆ど変わらないところを見ると、収支バランスはとんトントンと云うことになる。去年までは、埼玉に戻ったときは2㌔程度増えて、
岩手に帰って元に戻ると云うパターンだったが、結局、「腹七分目」(時間かけてユックリ食べて、空腹を感じなくなったら止める)方針が効いてい
るようだ。何よりも血糖値の一日の変動幅(偏差値)を最小化出来る。
・バーンスタイン医師は、その著書(参照)の第7章「The Laws of Small Numbers」の冒頭に、こんなことを書いている。
 Big imputs make big mistakes;small imputs make small mistakes.That is the first thing....would say to himself
each morning on arising.It was his mantra,the single most important thing he knew about diabetes.
(下線は引用者)

・昨夕から読み始めた【矢部貞治日記】昭和15年分を読了。「どうしても」というようなもんではないが、側面史料として面白い。12/06(376p)に
こんなことが書いてある。
・「どうも近衛の弱体にもほとほと愛想が尽きる。黒竜会あたりで家長選挙を言い出し、新体制反対の倒閣運動があったといえば、もうこんな所
で妥協している。暗黒政治だ。弱体だ。

・矢部の編纂した【近衛文麿】(要約版の光人社文庫しか読んでないが)には、こんな話は絶対に出てこない。他にも後藤隆之助は肝は座って
いるけれど「頭が悪い」なんて書いてあって、面白い。ただ近衛の弱体は、お公家さんという性格的なものもあるが、陸軍にそっぽを向かれたら
何もできない体制的な弱体、要するに「天皇の統帥権」を盾に一種の独立政府を作っている(事実上の二重政権)状態にメスを入れられない点に
国家システムとしての根源的弱体がある。西園寺なんかは、近衛が「軍人にも人気がある」ということで、近衛の影響力で陸軍を掣肘したいと
(または出来ると)期待するけれど、陸軍の中堅幹部は近衛の国民的人気を利用して「一国一党」体制を作って、文字通り陸軍の思うままの
政治的方向に「国民精神総動員」を考えている。それで思うままに行かないと「軍の統帥権」に容喙するのかと駄々っ子のような理屈でゴネるわけ
で、これには天皇以外には一指も触れられない。天皇自身はどうかというと、基本的には立憲君主という建前で政府及び軍部の夫々の指揮権に
任せるという体裁をとっていて(個々の政策に介入して結果責任を取らされるのを防ぐという意味もある)、西園寺もそういう立場を奨めている。
・軍事というのは、あくまでも外交戦略の一部ないし延長であって、政府の統制下で働かなければ暴力装置だけが頭脳の制御なしに勝手に乱暴
を働くようなもんで、周囲とトラブルが起きなければ却って不思議なくらいだ。第2次近衛内閣の時は軍事だけじゃない、外交も松岡の強烈な個性
に引っ張られて勝手に動いている。別段、それも不思議ではなく個々の大臣は夫々「天皇の統治権を輔弼する」立場にあって、首相には大臣の
指揮権がない。こんな立場で日米開戦前の約半年、近衛がいくら「日米直接交渉」に開戦回避のために最後の望みをかけて「心血を注ごう」と
(その真面目さを毫も疑わないが)うまくいくわけがない。要するに頭と手足は、全く別の思惑で勝手に動いていて、しかも暴力装置は一種の
「独立」政府を作っている。(ちょっと性格は違うけれど、いまの衆参ねじれ国会も、両院がほぼ同等の権限を持っている限り、類似の自己撞着に
陥るほかはない)
・考えてみると、こういう二重権力のような状態は、日本の統治機構の中では「本質的」といっても良いほど根強く続いてきたのじゃないかと、ふと
考えてみた(ちょっと思いつきのような発想だけれど)。公地公民制と荘園制の並立がそうだし、天皇家と摂関家の関係や院政にもその傾向はある
し、守護地頭制と荘園制の並立がそうだし、幕藩体制も内部に二重権力的な対立を内包している。近代的な中央集権国家が出来るまでは世界中
そんなもんだという側面もあるが、ちょっと違うかなとの感じもする。考えてみる価値はあるかどうか??

・明け方は昨日よりも一段と重苦しい空模様だったが、次第に雲は薄くなり、上空の薄雲に変わり、9時頃から陽射しも射す。


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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-17 05:38 | 日々雑纂
2012年 01月 16日

日々雑纂

・2時前起きる、引き続き【権力と戦う...】、カルヴァンのセルヴェスとの対話及び拷問・処刑を描く場面は、余りに凄惨にして、まるでSSの
サディストの如く、ツヴァイクの創作ではないかと疑いたくなる内容。市当局の記録文書・カルヴァン自身の文書類を典拠としており疑う
べくもなく、かつ胸糞悪くなるを以て、気分転換のため荷風全集23巻を読む。【断腸亭日乗】(昭和15年~19年末)、戦況次第に困難と
なり、物資不足・思想統制などをかこつ記述がやや多く散見されるようになるも、カルヴァンの神権政治支配下のジュネーヴに比べ、その
呑気な有様はまるで天国と地獄の感有り。
【断腸亭日乗】から
昭和15年2月20日に「尿中タンパク質顕著。かつまた血圧やや高しとて、院長頻りに菜食の要あるを説く。余窃かに思う所あり。余齡
すでに六十を越えたり。希望ある世の中ならば節制節慾して残生を愉しむもまた悪しきにあらざるべし。されど今日の如き兵乱の世に
ありては長寿を保つほど悲惨あるはなし。平生好むところのものを食して天命を終わるも何の悔いるところかあらん。浅草にいたり松喜
食堂に鶏肉を食し玉の井を歩みて帰る」云々、17p⇒単に高等遊民の繰り言に過ぎず
・8/01、「街頭には贅沢は敵だと書きし立て札を出し、愛国婦人連辻々にたって通行人に触書をわたす噂有りたれば、その有様を見んと
用事を兼ねて家を出しなり」。また欄外に「贅沢は敵なりという語はロシア共産党政府樹立の際用いたる街頭宣伝語の直訳という」、54p
⇒この日、「国民精神総動員本部、東京市内に〈贅沢は敵だ!〉の立て看板1500本配置」(近代日本総合年表から)
・9/27、日独伊三国同盟締結に際し、「自ら辞を低くし腰を屈して侵略不仁の国と盟約をなす国家の恥辱これより大なるはなし其の原因
は....畢竟儒教の衰滅したるに因る云々」74p(下線は引用者)
・10/03、旧約聖書を読む。日本人排外思想の拠って来る所を究めんと欲するのみならず....云々、76p
・11/10、専ら人のうわさする巷説、「新政治家の中の末信中野橋本その他の一味は過激な共産主義者...軍人中この一味に加わるもの
少なからず。而して近衛公は過激な革命運動を防止せんと苦心しつつあり。近衛の運動費は久原小林などより寄付せし...云々」98p
・11/16、花電車、「病院内にて花電車を見たることなしと云うもの三分の二以上にて、これを知るものは四十余りの者ばかりなりとの事より
推測して、現在東京に居住するものの大半は昭和十年以後地方より移り来たりし者なることを知れリ。...今回の新政治も田舎漢のつくり
出せしものと思えばさして驚くにも及ばず。フランス革命又明治維新の変などとは全く性質と品致とを異にするものなり」101p
⇒花電車は紀元2600年祝賀行事の一環か、「新政治」とは言うまでもなく「大政翼賛会」の事。
・12月、贅沢は敵だ」の緊縮世情の中、贅沢三昧の軍人壮士の振る舞い、貧富の懸隔広がる様を風刺する戯れ詩、104、115-118p
・12月末、「今年は思いがけぬことばかり多かりし年なりき。米屋炭屋、菓子など商うもの又金物木綿などの問屋、全て手堅き商人は商売
立ちゆき難く先祖代々の家蔵を売りしものも少なからざるに、雑誌発行人芝居興行師の如き水商売をなす者一人として口腹を肥やさざるは
なし。石が浮かんで木の葉の沈むが如し」125p
昭和16年正月、「去年の秋ごろより軍人政府の専横一層甚だしく世の中遂に一変せし今日になりて見れば...不便なる自炊生活その折々
の感慨に適応し今はなかなか改めがたきまで嬉しき心地せらるること多くなり行きけり。...斯くの如き心の自由空想の自由のみはいかに
暴悪なる政府の権力とても之を束縛すること能わず」129p
年表上からは日独伊三国同盟締結、大政翼賛会発足及びそれに伴う各種団体政党の「自発的」解散、内務省図書課・警視庁検閲課
などの新聞雑誌の整理統合などの出版統制強化などが伺われるが、「軍人政府の専横」とは具体的に何を指すか。昭和15年1月に成立
した米内内閣は倒閣のため陸軍首脳部が画策した畑陸相の単独辞職に拠って総辞職に追い込まれ、代わって近衛内閣が登場した。明ら
かな陸軍の「専横」だが、このような内部事情は当時一般に知られていたか。

・5/11、市中の風聞、いろいろ;築地辺の待合料理店は引き続き軍人のお客にて繁盛一方ならず。公然輸出入禁止品を使用するのみ
ならず暴利を貪りて...」云々、168p
・6月、時局についての意見、日記のこと等、「日支今回の戦争は日本軍の張作霖暗殺及び満州侵略に始まる」云々177p
昭和17年4月、巷の噂、226事件の反乱の兵卒の戦地にて優遇せられし話、南京占領および中華人のおびただしく殺されしに、戦争の
何たるかにつての無関心等々、267p
昭和18年1/25、街談録、昭和12年より浪費した戦費の合算は支那人戦死者一人につき二千円...この度の戦争の愚劣なること..云々、
316p
・2/03、町会より本年中隔月に百五六十円債権押売のこと申し来たれリ、318p
・5/04、近県への食料品等買い出しの事、夕刻までに数千人が捉えられるが、その大半は鉄道及び郵便局の役員...云々、344p
・5/17、文学報国会、荷風の名を無断借用、菊池寛が創設し、(余の嫌悪セル)徳富蘇峰が会長、346p
・5/26、近頃物品の闇相場、349p
・9/09、上野動物園の猛獣は毒殺...帝都修羅の巷となるべきを予期..云々、379p
・9/28、10月中には米国飛行機必来襲すべしとの風説...、386p
・10/03、「世の中は星に錨に闇と顔馬鹿な人達立って行列とやら云う落首を口にする者さえなきようになりぬ、388p
・10/09、国民預金の強制勧告...390p
・12/22、世間の噂、いかほど職工を増やしても資材不足でどの軍需工場も夜間業務は中止、この様子では来年6月までには戦争は終局
...416p
・昭和19年4/10、市中至る所疎開空襲必至の貼札を見る。一昨年4月敵機来襲の後市外へ転居するものを見れば卑怯といい非国民など
と罵りしに18年冬頃より俄に疎開の語を作りだし民家離散取り払いを迫る。朝令暮改笑うべき...云々441p
・4/11、食物闇値一覧、442p
・東京の繁華は昭和八九年を以て終局を告げたるものと見るべし...455p
◆「俗と反俗は釘と金槌」
・第23巻「月報」に開高健が書いている。荷風老人は後足で砂をかけ、実人生からオリてしまった。その癖、実人生への興味津々、巷の
風説、街談に耳を済まし、日記に書き留めた。「私に云わせれば、荷風散人は決して実人生からオリ切ることが出来なかった。俗物を離れ
て反俗精神が成り立たないことは、釘を離れて金槌が存在し得ないのと同じである...云々」、この好奇心が最も良く映し出されているのが、
昭和18-19年の日記か。戦時下東京の実相の一面を映し出す良き鏡。

◆活動量計
・昨日より雲一段と厚く、黄昏時の模様いよいよ深し。先月22日以来はじめて日照ゼロ。
・散歩に出ず、終日在宅、1日から14日までの「活動量」の集計をやってみたら、1~7日間の一日の総エネルギー消費量の平均値が
1800Cal、内「活動エネルギー」は582Cal、歩行数は9400歩/日。8~14日間は夫々1670Cal、446Cal、6500歩/日。
・7日までの一週間は連日8千歩から1万歩近く歩いていたが、8日からの一週間は同じように9千歩/日歩いているが、二日間散歩
に出ない日があった。一回は、その前日、国道沿線を歩いたせいか、喉がいがらっぽく・心持ち熱もあるような感じがしたので散歩の
代わりに昼寝をした。ただ排気ガスが影響しただけで、別段、なんともないようなので翌日はまた9千歩ほど歩いた。しかし二日間の休み
で平均値がグッと下がった。「一日の活動エネルギー」だが、どのくらいの精度があるか分からないが、絶対値はともかく相対値は、身体
活動の状態を能く反映しているようだ。11月から終日装着しているが、12月後半までの農作業中の一日の活動量は大体700Cal台、
埼玉に戻ってからは500台、それでも9000歩くらい歩けば500台後半になるが、1/8~1/14のように6000歩程度では500Calを下回る。
だからどうだとは分からないが、9000歩を前提に考えると、大雑把に基礎代謝量が1200、総消費カロリーが1800、活動エネルギーが
600となる。これで僕の身体のバランス(体形だけはなく代謝関係を含めた外的及び内的な)は保たれているようだ。ちなみに600Calは、
厚生労働省が推奨する「健康つくり...ガイド」の週間エクササイズ量(活動量)の約二倍に相当する。

高木日記、東条暗殺計画、近衛文麿などを通読しての感想
・今日はどんよりした一日で、あんまり気乗りもしなかったので、終日読書。ツヴァイク全集17巻、矢部貞治の「近衛文麿」、荷風全集23巻
を一気に読了する。矢部貞治日記は近衛の新体制運動の関係で、昭和15年あたりから読み始める。所々拾い読みをすれば充分。
・高木の東条内閣の倒閣運動・暗殺計画や近衛の開戦回避、あるいは終戦工作など、何れもその「真面目」を疑わないけれど、隔靴掻痒の
感を免れない(平たく言いえば「何をもたもたやってんの?!」ということ)のは、天皇の統治権・統帥権が戦前の国家機能の統一的な運営上
のガンになっているのに、その点に触れるのは絶対的禁忌事項になっていることが、すべての問題の根源にある。




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2011年1月は何をやってた??
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by agsanissi | 2012-01-16 03:58 | 日々雑纂