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2010年 12月 29日

加工用生産へのシフトに伴なう課題及び問題点/2

まず、去年の12/06に書いた「加工用生産へのシフトに伴なう課題及び問題点」の記事を再録しておく。
これから何年か、この同じ問題を取り上げるかと思う。昨日の「加工ジャガイモのつくり方」を読んでも同じ問題意識から派生したが、
こちらは主に栽培技術に関連する問題。対して前者は経営上の問題点を含む総合的な視点から派生する問題点を考えてみる。
(といって、それほど厳密に区別しているわけでもないが)

1.ジャガイモ
・生協用と加工組合用(及びコロッケ用)の二本立て(ないし三本立て)になるが、L・M中心、2L以上中心、S以下と
量的配分は問題になるが、実質的に競合関係はない。⇒DRUPのコロッケ用はなくなる可能性が高い。加工用には新たに
デリカが対象になるが、当面、競合関係は発生しない。S玉は、別途に考える必要があるかも知れない。

・但し、加工用は大玉中心と考えれば、品種的にはワセシロが良い。大玉化に伴なう空洞の発生率も少ない。
⇒将来的には、加工適性との関係で再検討の可能性がある。
・肥大化促進のための具体的措置(質を落とさぬこと、追肥の可能性?ルビクスの応用?)(12/10)⇒ルビクスの代わりに
アミノ酢糖+PK液肥の組み合わせ。Nは、あくまでも樹勢によって追加的・補助的要素として考える。新たに、当初、無肥料を
試験的に導入する。

・75×30は現状通りで良い、ルビクスの回数及び追肥(液肥、Caを含む)の検討(12/10)
・培土の問題点(時期、方法、機械の改良可能性)(12/10)
・堀取り時期は、9月まで延長して考えられ、出荷時期も調整できる。⇒11月まで延長できるのに伴い、畝の再整形&雑草対策
・ワセシロの選別問題(独自にやる?、L・Mを生協用に廻すにはどうする?)⇒独自にやる、作業場内の選別システムの整備

2.カボチャ及び人参
・出荷時期を9月末から翌年3月まで延長出来るか?(12~1月までは問題なし。2、3月ないし4月まで保管
した場合の劣化の可能性)⇒来春の見極め次第。
・劣化の程度、劣化を防ぐ保管法(量的には2~3トン、現在の保管庫で対応可能、温度・湿度の問題或いは土中??)
・人参は、300-450グラム中心にシフトすること(播種間隔、施肥法、堆肥など)⇒120グラム以上にシフト。新たにACCとの関係。
・人参の品種は、継続で良い⇒ACCとの関係で再検討の余地。
・播種方法と側状同時施肥の方法(12/10)⇒三条植え、株間は検討の余地有り
ジュース用加工用途がなくなった場合の対応(継続のための方法?)
・カボチャは、2~3千個の風乾と保管場所・方法⇒簡易屋外保管施設
・カボチャの畑での収穫・積出・運搬は、どういう方法が良いか(トラクター、ユンボ)
(*青字は、10/12/29追記
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by agsanissi | 2010-12-29 19:53 | 覚書
2010年 12月 29日

「年末恒例」

http://sanissi.exblog.jp/m2009-12-01/
とアドレス欄に入れると、去年の12月の記事一覧が出てくる。18日から30日にかけて
年末低気圧、小麦の様子、人参の土中保管、真冬日....などの記事が並んでいる。6日には「加工用生産へのシフトに
伴う問題点」(すっかり忘れていたな!!)という記事まで出ているではないか?!(進歩がないのか、先見の明があったのか、
後でシッカリ検証してみよう)
・今年は、小麦はすっかり蒔く余裕がなかった。気象条件と畑の条件と主体的意欲の複雑な絡み合いの結果だ。⇒緑肥として
来春には蒔く予定(これは不可欠、輪作体系の中での位置づけの再検討)
・人参の土中保管⇒畑にそのまま置いて来春掘り取る⇒3~4月の状態&追肥時期&方法の検討

・さて、年末低気圧。
c0048643_5341430.jpgc0048643_5343797.jpg

















23日に転載したのと殆ど同じ気圧配置(少なくとも列島上空は)になっている。
29日03時47分には、岩手県沿岸北部に「暴風雪」警報が出された。この低気圧が三陸沖に抜けた後には、大陸からの寒気が
南下してくる。普代村の気温は昨夜24時の1.6度から29日5時には0.4度まで下がってきた。降水量はゼロ、この後、どう変わる?
⇒23日から24日にかけて、太平洋南岸を北上した低気圧が三陸沖に抜けた後、大陸の高気圧が張り出し、西高東低の典型的な
冬型気圧配置に変わったが、今回は50~40度付近にあった低気圧が南下し、西低東低の気圧配置に変わり、等圧線も疎で
(24日に比べれば)比較的穏やか。(10/12/30、AM8時追記

・30日午前9時の上空5000メートルの気温予想は、下図のとおり。

c0048643_5562370.jpg

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by agsanissi | 2010-12-29 05:45 | 覚書
2010年 12月 28日

僕の農閑期

・23日、時ならぬ大雪(気圧配置も、湿った重い雪という点も、春の大雪のようだった)で、交通トラブルが相次ぎ、九戸インター
直前で引っ返し、24日出直し。区界峠から前沢PAまで小雪。区界から盛岡までの国道106号線は路面凍結し、スリップ跡が
生々しく残り、4Wに入れて走るも、かなり緊張する。高速道路は雪のため夕刻のように薄暗いが路面状態は良好でスムーズ。
・25日、普代は真冬日。寒気は関東地方まで南下し、東北道を始め、各地で雪の被害。間一髪、東北を脱出の感あり。
・この時期、一回やニ回は真冬日があるけれど、2002年12月は「ほぼ真冬日」の日を含めると7日間あり、かなり寒い冬だった。
・3月に入っても何度も真冬日があり、ちょうど彼岸の日まで真冬日が現れた。

・農閑期は、専ら読書。
・農繁期は、普代村には図書館がないから、ネットを利用して(青空文庫とか、Gutenbergとか、Perseusとか、Bartlebyとか)
古典を読んでるか、手持ちの本を読んでいる。今年になって、それも激減している。3-7月と読了した本が一冊もない。
・「農繁期で忙しかったのかしら?」というのは見当違いで、去年などは農繁期も農閑期も関係なしに(収穫期は、さすがにペース
は落ちるが)盛んに読んでいる。「なんでかしら??」
・あ、そうか!糖尿病の「発見」以来、食事・運動療法を「生涯続ける」という決意の担保行為として毎年一ヶ国語を勉強する予定で
今年はフランス語を始めたんだっけ(この歳になると、毎年一ヶ国語は無理だなと反省している)。去年のロシア語のサビ落としは、
そんなに時間を食わなかったけれど、フランス語はちょっと手こずって、10月頃までブローデルの「地中海」を読むのに殆ど掛かり
切りで、他のものには目がいかなかった。こんな事でよいだろうかという反省が一つ、専門書を読むには語彙力が不足してるので、
単語力を強化しなければという反省が一つ、そんな事でちょっと力の入れ方の方面を変えてから、最近になって復活し始めた。
・去年は農閑期は糖尿病学を勉強したけれど、今年は心臓病学も勉強しておかなければなくなった。

・もう一つ、今年の農閑期にやってしまいたいことは、作業日誌を実名入りで公開したのに併せて(普段着と他所行き着の落差は
殆ど無いけれど、それでも「公開」していれば、身を正すという姿勢は意識的にはもちろん、無意識にも働くから、そしてその姿勢は
生涯失いたくないから)、農業を始めてからあちこちに書き散らしたものを、ちょとまとめて再編成しようかと(個々の扱いをどうするか
決めかねている)心が動き始めている。あれもこれもと手を広げて、手に余ることのないようジャガイモだけに絞ってしまおうか、
(政策としての)農業問題というのは真剣に考えるだけの価値があるだろうか、などと考えている。

・故吉田先生の「加工ジャガイモの作り方」を読み直したら、序にこんなことが書いてあった。
10年以上の経験があれば自分の技術に過信して、新しい技術の導入に保守的である。常に積極的な挑戦心を持ち、正しい技術を
確立すべきである。一生を通じてもイモづくりを30回出来るかどうかなのだから、一年でもゆるがせにせず、早く古い慣行から脱却しな
ければならない

・そういえば、初めてお会いしたとき「僕は30年以上イモ作りをやっているけれど、ただの一回も同じ条件という年はなかった」と
話しておられたな。自分の技術的未熟を、外的条件の違いの所為にするなという意味合いで、そう言っていた。
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by agsanissi | 2010-12-28 06:57 | 覚書
2010年 12月 13日

雑草対策

僕が就農した最初の年に、研修のためにお世話になった農業経営者(大根を中心に60町歩の農場を経営していた)は、
「大規模農家は雑草との戦いが勝負どころだ」と強調していた。
当時、僕は右も左もわからぬ農のど素人、その意味自体の深刻さも分からぬし、実際に、雑草が農業経営にどう関わるのか
想像の域をでない。それでも「自然に真っ向勝負を仕掛けるなど、愚の骨頂」が、僕の心情だから、多少の違和感を覚えた。

自分で、土と直接に取り組んでみて、初めて農の目で土と接し、畑を観察し、作物と雑草の関係を一年の周期で経験し、
その積み重ねを通じて「大規模農家は雑草との戦い」だという言葉の意味の重さがしみじみと分かるようになってきた。
周りの農業者を見ていると、雑草との関わり方でその人の心情さえ見えてくるような気がする。
自分の労力の及ぶ小さな畑であれば、ちょっと精を出して頑張れば「小競り合い」程度の戦いで済むし、
町歩~数町歩の広さでも、ちょこちょこ「局地戦」であしらえば、そこそこ「雑草との戦い」もものになる。
十数町歩~数十町歩の「全面戦争」となると、さて、これとどう取り組むか経営の分かれ目となる。
単なる小競り合いの積み重ねや、局地戦の繰り返しとは異なる視点にたった経営戦略が必要になる。

とはいえ、いまだに試行錯誤の連続で「これだ!」といった確信をつかんだはいない。
除草剤を使うときもあれば、プラウやロータリーで処理することもあれば、カルチやチョッパーに欠ける時もある。
ある年には、ヨモギの繁茂を抑えて、これで何とかヨモギ退治が出来たかと思いきや、翌年にはそのしっぺ返しを
受けるときもある。総じて言えば、全面対決を避け、何とか妥協を重ねながら、徐々に徐々に草勢を衰えさせ、作物の
優勢を保って来たといえるだろうか。今年のような高温多雨の年は、雑草の勢いが一挙に息を吹き返す。
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by agsanissi | 2010-12-13 05:29 | 覚書
2010年 12月 11日

Googleマップ

和野山・黒崎方面のGoogleマップの精度が、最近、頓に向上した。
5月に黒崎に引っ越した頃には、まだ自宅の個別識別はできなかったが、いまでは庭に止めた車を認識出来る程になった。
同じく和野山の畑も精度が向上し、「距離測定ツール」を使うとミリ単位まで表示される(どんな方法で精度向上を図っている?)。
一番距離の長い東14の畑は、今まで大体300メートルと見積もっていたが、Googleマップでは260.350メートルだそうだ。
実測と比較する必要があるな。

畑を、鳥瞰的に見ることができ、いろいろ面白い使い方ができそうだ。
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by agsanissi | 2010-12-11 20:44 | 覚書
2010年 12月 11日

ストローチョッパー

7月後半と9月は、雨量は多くなかったが雨が続いた。
特に、9月10日以降の20日間の内15日間は雨が降っていた。
小麦の刈り取りの遅れやジャガイモの収穫の遅れ(意図的に収穫期間を延長した面もあるが)と重なって
今年はソバも小麦も播けなかった。
おかげで畑はそのまま放置され、夏の暑さや長雨と相まって雑草畑と化してしまった。
東23と西7、来年のジャガイモ播種に備えて(何がなんでも雑草畑のまま年を越すわけには行かない!!)
どん詰まりになって、やっとチョッパーで雑草を処理した。

19日ころ埼玉に戻ろうかと予定していて、このあと残った仕事
・ダイズの刈り取り(一部スズカリと青大豆)⇒12日(週間予報では13日後半から14日にかけて雨)、99%済
・スズカリダイズの選別(年内の自家販売分)⇒14日または15日
・種芋保管の最終処理(現在までワセシロ171、男爵192、キタアカリ50の計413ケース、約4トン強)、
残りはキタアカリ50、男爵20程度⇒13日または14日(保管庫付近に殺鼠剤を仕掛けたところ6匹死去)
・東23&西7にプラウ(西7は不可欠、東23&14は来年3月でもOK)⇒17日
・収穫機の整備⇒16日(泥落としは12日に済
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by agsanissi | 2010-12-11 19:32 | 覚書
2010年 12月 10日

食品加工・流通業界の異変?

偶然的事象の継起的重なりに過ぎないのか、もっと深いところでマグマの変化が起きているのか、
いまのところ、しかとは分からないけれど、こんな僻地にもいろいろな変化が伝わってくる。
・建築業界から農業に参入して、大手コンビニエンスストアとのほうれん草・おでん用大根の契約栽培で
業容を急拡大していた村外の農企業が和野山の農地を借りたいと言ってきた。当初「村外」には貸さない
方針だったけれど、背に腹は変えられず、村同士の交渉で貸し出された。
実際には、「移動」ロスが多くペイしないということで(最初から分かりきったことだけれど)、その後、
おでん用大根を和野山で「委託生産」をしてもらえないかという話に変わった。
何人かの農家がこれに応じ、僕も一反歩ほど試験的に栽培してみた。
ところが、契約した最初の年から納品の支払いが滞り、翌年にはさっぱり音沙汰がなくなり、
その内、大元のコンビニの「おでん販売」が何かの偽装で販売停止になったとニュースで伝えられた。
多分、和野山に「委託生産」の話を持ちかけた時が、この農企業の頂点になったのだろう(尤も、この危機を
超えられれば、いくつかの起伏の一つに変わるが)。
・ジュース用人参の契約栽培が始まったのは15年前。県から、この話が斡旋されたとき、最初からこれに
応じたのは僕一人。「契約単価が安すぎる」と他の人は乗り気にならなかった。僕は、農業をはじめて2-3年目で
安定した収入の見通しが立たずに困っていた時なので、収量×単価でいわば基本給に相当すると即座に応じた。
ところが、最低契約条件が5町歩以上ということだったので、仕方ない「一人で5町歩やります」と無謀にも話を
進めてもらった。その内、「俺もやりたい」と3人、4人と話に乗ってきて、結局、僕は当初、3町歩で始めた。(続く)
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by agsanissi | 2010-12-10 05:37 | 覚書
2010年 12月 08日

作業改善方針

◆基本方針
・販売用はジャガイモ、カボチャ、人参にシフトする
・小麦&ナタネは、自家用&緑肥に割り切る(乾燥機一台処分、空間の利用法?)
・ダイズは、自家販売用に限定する(黒大豆は契約の可能性?)
・玉ねぎ、ソバは??(雑草対策としてのソバの可能性)
・ヒマワリは播種方法を考慮する?
・鴨糞&鶏糞の投入方針(どの時期⇒輪作体系との関係、散布法、畑つくりの位置づけ)?

◆ジャガイモ
・播種機の調整⇒播種ムラ、覆土、小玉カップの改良(30-40グラムに対応できるよう)
・培土及び収穫直前の準備(茎の枯れた後の雑草対策)
・収穫機⇒かなり大規模な部品交換が必要(掘り残し、掘りとった後の落ちこぼれ)
⇒ガイドローラー
⇒ステアリングの指示機調整
⇒小玉タンクの調整
無肥料栽培の場合の対策(どの程度の規模にする?)
・加工用出荷の選別体制(3~4通りの仕分け、TDKMまたはTKM)と保管法

◆人参
・播種時期
・畝間&株間(4列、3列??)
・年越しの場合の体制
・掘りとり機(ディガー)の修理または他の処置

◆カボチャ
・作業性の効率化を考慮した植えつけ・管理体制
・摘果と追肥の兼ね合い
・栗系と白爵系の面積比
・保管方法(風乾と置き場所の確保、3~4トン、2~3千個??)
⇒拡大する場合の一番のネックは保管法か?
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by agsanissi | 2010-12-08 20:47 | 覚書
2010年 12月 08日

生産/経営体系

ジャガイモ、麦、ダイズ、ソバ、ナタネ(またはヒマワリ)というのが、当初の、僕の主要な生産体系だ。
その他、人参、カボチャ、他も諸々を作付けてきたが、自家用乃至趣味程度。十数年前、人参の契約栽培が
始まった当初は、一時、三町歩程度まで広げたこともあったが、ジャガイモを中心にした輪作体系との整合性から
次第に縮小して、5年間でやめることにした(当初の契約栽培の期間が5年間ということもあって)。
経営的には、ジャガイモ、小麦、ダイズ、人参が、収入の主要な柱だった。
その後、人参を縮小し、ジャガイモ、小麦、ダイズが経営の柱になったが、それも束の間。
経営安定対策が実施されるとともに、小麦、ダイズの収入は、一挙に十分の一程度に激減してしまった。
(気象上の)偶然的要素と政策的要因との複合的な原因でそうなったが(過去に何回か書いたので繰り返さない)、
一時は農業をやめてしまおうかとも考えた。
ジャガイモ、ダイズ、ソバを柱に縮小均衡に持ってきながら、生き延びていこうと方向転換を図ったのが数年前。
最大27町歩から、現在17町歩まで縮小し、さらに数年かけて10町歩程度の縮小均衡を図る予定だった。

ところが、一昨年から県内の加工業者からジャガイモ、さらに人参・カボチャなどの引き合いが入り始め、今年末には
東北一円のスーパーに惣菜などを供給する食品加工業者から、かなり大規模なジャガイモの生産要望が舞い込んできた。
試験的には応ずるとして、さて中期的にどうするか?これが、現在の思案のしどころ。
生産体系としては、小麦・ナタネは完全に緑肥に割りきり、ダイズ・ソバは自家販売用に限定、ジャガイモ・人参・カボチャ
を経営の柱に据えて行くとして
、規模として現状維持で行くか、拡張するか、それともやはり縮小か??
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by agsanissi | 2010-12-08 06:09 | 覚書
2010年 12月 07日

土地利用型農業

相変わらず気温は高い。7時のアメダスは9.1度、この時期の朝としては異常と言うべし!
気象庁レーダーで見ると、雨雲はかかっていないが、7時過ぎから雨、霧雨よりやや強いか。

和野山の県営開発農地に入植して、僕の満17年目もそろそろ終わりに近付いた。
もともと、この県営開発農地は、大規模土地利用型農業の発展を目指した始まった。
一区画の畑が、概ね1.5町歩~2.5町歩程度で、大型機械を備えた機械銀行や堆肥製造施設が付属施設として
併設されていた。
主要作物は、いろいろ変わったけれど、中心は大根、キャベツ、人参、ゴボウ。中でも前半は大根、後半は人参。
僕以外の人の農地経営は、大体、作付面積の八~九割を中心作物が占める状態が続いた。
大根は、連作障害で大根の質も出荷率も低下し、結局、ほぼ自家用生産+α程度に縮小された。
そして去年、人参ジュースの加工工場が、東北地区の加工拠点を撤退させ、14年ほど続いた人参の契約栽培も打ち切られた。
それで、土地利用型農業は僕一人を除いて全部消えて、ハウスの施設野菜(ほうれん草など)に変わってしまった。
開発農地の現状は、三分の一弱を僕が、三分の二程度を村外の農業公社が家畜餌用のデントコーンの栽培に利用している。
デントコーン栽培は、どこで辻褄があっているのか分からないが、単独で見れば、完全に採算度外視の収入の十数倍の経費を
かけた”贅沢”経営(いわゆる第三セクター方式とでも言うか??)だ。
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by agsanissi | 2010-12-07 08:26 | 覚書