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2007年 12月 19日

今年最後の麦畑の様子

△3.2/3.5度、日照4.9時間、雲多く弱々しい陽射し

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左から西1、西7、東15で各々9/27播種(11キロ/反)、12/11播種(15キロ/反)、
東15は来年春の出芽待ち、下は一緒に散布した米糠(60キロ/反)、やや分解始め
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by agsanissi | 2007-12-19 20:28 | 小麦
2007年 12月 18日

種芋の保管

△2.9/5.1度、日照5.4時間、夜やや風が出る、雲広がり星は殆ど見えない。朧月。

種芋の保管法をやや変更してみた。ダンボール箱に入れて積み上げたり、ネットに15キロ
程度入れて積み上げていたが、今年は100キロ程度の袋に入れて、袋ごと保管庫内に
入れてみた。

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準備で、保管庫内の天井に丸棒を溶接して袋を吊るためのチェーンブロックを設置。
蒸れを防ぐために袋の口をややずらして三段に積み重ねる。
16袋(×100)+68ケース、約2.3トン。この他、比較のため保管庫の外に3袋
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by agsanissi | 2007-12-18 19:34 | ジャガイモ
2007年 12月 17日

「農民を捉える視点」

今朝は氷点下5度くらいまで下がったようだ、平地では今冬の最低気温か。
6時頃外に出てみた、金星が明るく輝いている。そのやや南上にスピカ、北東方面に
多分、ベガとデネブが見えている。北極星はメガネのせいでやや曖昧。やや温かな
印象があるのは、霜が降りていないせいか?

田中優子法政大学教授の「カムイ伝から見える日本」(参照)を読んだ。
まだ第一回しか読んでいないが、非常に面白い。テーマは江戸時代の庶民(または
下層民)の実態、中に「農民を捉える視点」という話が出てくる。
江戸時代の都市で消費されるメディアにおいては、農民は武士とともに「野暮」の代表で、
軽蔑はないにしてもかわいらしくおかしく書かれる。逆に近代の歴史家の視点では、農民
はみじめであわれに書かれる。

要するに、パターン化された視点を通して「農民」というものを捉えているが、実態(実像)
は、そんなものではないというわけだ。
「百姓」と呼ばれることに誇りを持ち、その名のとおりじつに多様で、ひとりの人間にいくつ
もの技量(わざ)があり、自治的な村落経営をおこない、権力とわたりあって自らにふさわ
しい生活を獲得しようとする、そういう知恵者たちであった。


いまや「百姓」という言葉は、新聞用語や放送用語の内部規定では差別用語として使わ
ないようにしているそうだ。封建的身分の残滓を感じさせるということだろうか?
現代の農民は、それ自体は職業であると同時に、土地利用の制限から職業選択の上
では完全には自由化されていない。この点で、家業的側面を残している。この二重性は
そのまま現代の農民構成の二重性、家業として農業を引き継いだものと、職業として自
ら農業を選択したものとの二重性を反映しているかもしれない(部分的には、交錯してる
だろうし、截然とは区別できないにしても)。
ともあれ、田中氏の捉える江戸時代の農民と、昨日の団藤氏の描く政府の救出策の
対象として描かれる「専業農家」
との落差を考えると愕然としてしまう。現代は「百姓」と
いう言葉を「差別用語」として捨て去るとともに、百姓自ら「百姓」としての誇りをも同時に
捨て去ってしまったように見える。実態はどうだろうか?
昨日のringoyaさんのコメントには、その苛立ちが反映しているようだ。「旧態依然の丸
抱えをする事」という表現に如実に出ている。この点では百%共感できる。
「米と自給率。単なる空騒ぎだからすっきりする事は無いと思います」と書いておられるが、
僕自身は、時論的に扱うつもりは全くなくて、「単なる空騒ぎ」かどうかを含めて、もう少し
俯瞰的に捉えてみようかということだから、りんご屋さんの視点とは一貫して「微妙に話し
がかみ合っていない」。但し、問題点をはっきりさせる上では、なかなか良いコメントを頂い
て感謝している。
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by agsanissi | 2007-12-17 07:42 | 考える&学ぶ
2007年 12月 16日

稲作農業

このところ朝の冷え込みが緩んできたような気がするが、これで平年並みか。
昨日から来年用の種芋の保管作業(点検・箱詰め)を始めた、3-4日の予定。
これで今年の農作業は、すべて完了。
開発農地の付属施設のような形で、機械銀行が設置されており、農協が管理してきた。
この機械銀行の「管理運営をどうするか」という問題が、今年の夏あたりから再燃し、
更に12月になって農協の大合併に伴って、農協は「機械銀行の管理運営を手放したい」
と尻に火がついた勢いで求めてきた。今後の運営主体を、どこが担うか、どんな方法で
運営していくか、この問題の基本的な方向を、年内に定めておく必要がある。この見通し
を付ければ、文字通りすべの作業は完了。
**********************

「食料自給を考える」は、まだ頭の中でもやもやした形で、すっきり形が見えない。いざ
書き始めれば、問題点がはっきり見えてくるような気もするが、焦ることもあるまい。
「認識革命るいNETWORK」に「新しい農のかたち」と題する会員制ブログがある(参照)。
11/18と19のブログで「食糧自給率問題を考える」を扱っており、ここで池田信夫ブログ
に寄せられた批判的コメントを紹介している(参照)。19日号の最後に「食糧自給率を
考える上でキーワード」を10点指摘している(参照)。参考記事として掲載しておく。

団藤保晴氏の今日の「ブログ時評」に「専業農家の救出を急がねば稲作は崩壊」(参照
という記事が掲載されている。
僕は、稲作農業のことを扱ったことがない。稲作のことは殆ど知らないし、村全体の販売用
の出荷量も百袋程度と身近に稲作百姓がいない。というわけで扱ったことがないが、考える
素材として参考記事として指摘しておく。
要点は、
1.2000年当時はまだ「豊作貧乏」の段階だったが、いま起きている収入激減はコメの商業
生産をしている専業農家に廃業を迫る。明日に見えるのは稲作崩壊だ。
2.米価下落阻止にしか関心がない農協の運動に疑問
3.新たに始まった集落営農によって、コメ生産調整のたがは緩み、「望ましい作付面積」156
万ヘクタールに対して全国で7.1万ヘクタールの過剰作付けが発生した。これによって年々下
がっている米価の下落に拍車がかかった。
4.民主党は全ての主要農産物販売農家に対し農業者戸別所得補償をすると訴えた。政府・
与党も切り捨てたはずの小規模農家への対策を考え始めた。しかし、農業、特に稲作にとって
焦眉の急はコメ専業農家を窮地から救出する対策ではないか。
5.現在の集落営農では専業農家は痛めつけられ、いずれ廃業に追い込まれよう。
関連記事として、上記「新しい農のかたち」の12/02に「役人が机上で計画したものを全国に
当てはめる農業政策はもはや通用しない」(参照)が掲載されている。
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by agsanissi | 2007-12-16 07:46 | 参考記事
2007年 12月 12日

加工用大根

昨夜18時過ぎから降り出した雨が、いまも降り続いている。気温は2.6-2.8度、
雪と雨の境目、山は雪の可能性もある。但し、午後は天気回復模様。

昨日、加工大根の総括会議があった。テスト播種したのは四人、内一人は8/13播種、
他は8月末(25-28日)播種。出荷したのは8/13播種の一人のみ。他の三人の内一人
は11月末に凍結、一人はこれから、僕のは規格に達するものが殆どないという状況。
・積算気温、10月の雨量、肥料など総合的に関連することだが、規格基準(7.5×25)
に達するには、8/15-20頃が安全圏ということかな
・出荷した人の話では、「大きなもので4キロもあった」とのこと。目見当で平均して2.2
キロ以上ないと規格基準に達しないとか(7×40以上程度かな)
・当然、生産者側としては、キロ単価で出荷できないかという要求が出る。

加工用大根は、大きく分けて、漬物用、刺身のツマ用、おでん用とある。ローソンに出荷
するおでん用として始めたが、おでん用は太さに関わらず、中心部だけをくり抜いて製品
にするとか。従って、どんなに太くても、外周部はごみ扱いのため、おでん用大根の単価
はキロではなく、一本単位が標準なのだそうだ。
加工業者としては、一本の大根から8本以上ということで、規格基準を設定しているが、
実際には9本、10本以上取れるものもある(7本以下のものは出荷されない)。実際に
製品として取れた本数単位で計量されるのが合理的だけれど、現状では無理とか。

ついでに。おでん用大根の需要は順調に伸びてきたが、大阪のローソンでなんだかの
製品の賞味期限をごまかしていた問題が発覚して以来、おでん用大根の需要も「ガッタリ
減ってしまった」と話していた。
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by agsanissi | 2007-12-12 08:49 | ソバ/ナタネ
2007年 12月 11日

小麦播種

△3.2/6.7度、日照3.6時間、陽射しは午前中のみ、午後は全天雲に覆われる。

東15の大豆跡地に小麦を播種する。コンバインで大豆を刈り取った後、そのままの状態で
不耕起播種する。霜解けの泥寧がこびり付いて往生するが、実質的な障害にはならず。
雪は数日前に消えるが、雪の残っているうちに播種したほうが良かったか。
播種面積189a、播種量270キロ(14.2キロ/反、12列、メモリ57)
米糠ペレット1140キロ(30×38袋、60キロ/反)

この時期の播種目的は、
・冬季播種の可否、大豆跡の播種を導入でき、輪作体系のバリエーションが広がる
・ソバ跡の小麦播種は可能だが、野良生えの混入の危険を考えると不可
・米糠ペレットは、偶々、入手したため、利用法を考える
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by agsanissi | 2007-12-11 21:33 | 小麦
2007年 12月 08日

食料自給を考える/道草/3

△3.3/7.5度、日照6時間、山の気温は11月下旬から氷点下5、6度まで下がっている。
大根は、12月第一週が限界と見ていたが、日中気温がやや高めに推移していることが幸い
して、まだ凍結していない。但し、加工用規格に達するものは、殆どない。

12/06「食料自給を考える/比較優位という幻想/2」について、りんご屋さんからコメントを
頂いた。せっかくだから、道草を食って、暫くお付き合いしておこう。
1.不要論に異を唱えたくなる気持ちもわかりますが、
必要論を巻き起こす事に時間を費やすべきではないかと考えます。

ここは「不要論に異を唱え」ているのではなく、不要論の根拠として提起されている「国際分業
の原理」及びその基礎としての比較優位論が、「原理」と称しうるほどに普遍性のある原理では
ないだろう、ということを指摘しているに過ぎない。
農業そのものに関しては「必要論を巻き起こす事に時間を費やすべき」は当然としても、ここは
11/29「食料自給という幻想」に書いたように「食料自給率」という穴を通して農業・農業政策を
考えた場合
、どういう情景が見えてくるか、自分なりに整理しておくのも悪くないな」という問題
意識からスタートした。
2.農業が大事だ。と心底思ったり、自給率を本気で何とかしないといけないと考える意味も
思考も消えうせた幸せな国において食料自給とか食糧の安全保障とかを考えて日本農業を
守らなければならないと本気で言う人間が居る訳が無いという図式。

要するに、自給論にしても安全保障論にしても、それ自体が本来の目的ではなく、他の隠然・
公然の目的の出汁に使われているに過ぎない。すなわち
それで生きていかないといけない人が沢山いてその人たちが自分達の必要性をアピールし
消費者に農業の必要性を理解させようとしたり、国家予算獲得を目論んだり外交カード切った
り・・・。主に生産者側の論理という気がしていますが
、というわけ。
仮に「食料自給とか食糧の安全保障とかを考えて日本農業を守らなければならないと本気で
言う人間が居る訳が無い
」のが事実としても(僕は、これが事実だという前提には立ってはいな
いけれど)、それ自体は食料自給や食糧安全保障問題の本質的な意義とは関わりがない。
現実に食料自給論や食糧安全保障論が予算獲得や外交カードの切り札に使われているに
過ぎないとしても、それは食料自給論や安全保障論の本質的意義を否定するものではない。
3.農業生産者殆ど全員は、単なる営利目的のビジネス、ホリエモンと同じ思考で営農している
に過ぎない。生んだ利益をどう使うかの思考が無い。私利私欲のくだらない消費を拡大する為
の営利の追求。そんなもの守る必要が何処にある。

4.人間が生きる為、より良く成長する為の根源が営農その周辺の生活文化に詰まっている訳
ですが経済偏重の資本主義社会の中においてそれは時間を浪費するだけの不合理なものと
判断されてしまうのかなと思います。農業者自らそういう生活文化を捨てる方向で走ってきた
結果が今の惨状を招いてたひとつの要因かと考えます。

3と4は、どういうことですかね?
4を読むと、本来の営農活動には人間的成長を促す生活文化が詰まっているのだけれど、
資本主義社会では単なる時間の浪費と見なされ、農業者自身この考えに同調し、営利目的
の資本主義的営農活動に奔走してきた結果が、農業の衰退を招く一要因になった。営利
目的の営農など守るに値しない、ということなのかな?さらに敷衍すると、資本主義社会では
「本来の営農活動」は成り立たない、ということなのかな?
この議論は、僕には単なる混乱のようにしか見えないし、「食料自給」問題の論点を複雑で
曖昧にするだけだから、これ以上は深入りするつもりはない。但し、色々大胆な断定があり、
皆さんの中に、異論・反論があればお寄せ下さい。長すぎて、コメント欄に入りきらないよう
であれば、その旨、非公開コメントでお知らせ頂ければ、メールアドレスをお知らせしますの
で、メールでお送り下さい。
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by agsanissi | 2007-12-08 21:47 | 考える&学ぶ
2007年 12月 07日

ラニーニャ現象

このところ朝の冷え込みが和らいできたような気がする。と云って、0度前後に上がっただけ。
昨日、JMMの『大陸の風-現地メディアに見る中国社会』第112回を読んでいたら、
ただ今、香港にいる。12月の香港は、北京に比べて暖かくて爽やかで、身も心も
軽くなる。なにせ、香港は最低気温が7度くらいで「今年の最低気温」などとニュー
スが報道するお土地柄。冬には最低気温マイナス13℃になる北京からすれば、
わずか気温15℃くらいでダウンジャケットを着ている香港人を見ると「なに寝ぼけ
てんだ」と、それを後ろからひっぺがしたくなってうずうずする。

と、冒頭に書いている。笑ってしまった。確かに、7度なんていえばポカポカ陽気だもんな!

9月半ばからの和野山付近の気温グラフを描いてみた。
c0048643_8405616.jpg11月の気温変化だけを見ると、11月20日前後の
冷え込みがかなりきつく思われていたが、三ヶ月余
の気温変化から見ると、近似的な傾向線を描いて
みれば一目瞭然だけれど、むしろ10月末から11月
中頃までの気温変化のほうがプラスに偏倚していた
と見たほうが良いのかもしれない。

最近の寒暖の変化は、中期的傾向と何か関係が
あるのかしらと思って、ラニーニャ現象を見てみた。
最新の「エルニーニョ監視速報(No.182)」(参照)によれば、
9月に引き続きラニーニャ現象時の特徴が明瞭に見られることから、大気と海洋の相互作用
により、当面こうした状態が維持されると考えられる。

そうだ。
また、ラニーニャ現象発生時の気温・降水量及び日照時間の季節・地域別の傾向が
「ラニーニャ現象に伴う日本の天候の特徴」(参照)に掲載されているが、
北日本の秋(9-11月)は、気温がやや低く、雨量が多く、日照時間が長い傾向に傾く確率が
高いが、まさにその通りに推移した。なるほどね!
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by agsanissi | 2007-12-07 09:13 | 気象/季節メモ
2007年 12月 06日

食料自給を考える/比較優位という幻想/2

一般論として、経済学の合理的判断が社会的不合理を招く事例はいくらもある。
まして「リカード以来の国際分業の原理」が比較優位の原則に基づいて貫徹された時代が
どれほどあったというのだ?!
19世紀後半から20世紀初頭にかけて帝国主義と植民地支配の時代、そのうち1930年代
から約十五年はブロック経済の時代、第二次世界大戦後の十数年はヨーロッパと日本は
戦後復興の時代、アフリカ諸国の多くは依然として植民地支配下に据え置かれ、世界は社会
主義圏と資本主義圏に分断され、つい20年前まで「冷戦」時代が続いた。いったいどこに
自由で公正な競争を前提にした「国際分業の原理」が成立するような国際的条件があった
だろうか?
それとも植民地支配の下で、原料・食料の供給基地としてモノカルチャー経済を押し付けられ
宗主国経済の従属化に置かれたことも、「比較優位の原則」の名の下に合理化するだろうか。
そもそも外貨準備に余裕のない時代、仮に70年前、60年前、50年前、40年前に「リカード
以来の国際分業の原理」を振りかざして「食料自給のナンセンス」「農業不要論」を論ずるだけ
の蛮勇はお持ちだろうか?
前提条件が根本的に違うとすれば、40-70年前には、日本農業に国際的な「比較優位」が
あったとでも云うのだろうか?

明治以来の「主要輸出品の長期推移」統計(参照)をじっくりと眺めてみると、中々、面白い。
19世紀後半は生糸とともに茶、米、水産物がかなりの比重を占めている。20世紀の30年
代までは生糸・絹織物、綿糸・綿織物が圧倒的割合を占め、その説明にある通り
戦前を通して、長く輸出品1位の座を維持していたのは生糸であり、まさに製糸女工の
おかげで機械設備や軍艦などを購入する外貨を獲得してきた。


劣悪な労働条件と低賃金を武器に、時に価格ダンピング政策を交えて必死で外貨を稼ぎ、
帝国主義列強に伍する軍事的強国にのし上がるために重化学工業化を推し進めた。これ
をしも「リカード以来の国際分業の原理」で説明するだろうか?
一方、戦後の主要輸出品を占める鉄鋼、船舶、自動車、電子の輸出割合の推移を眺めて
仮に1960年、70年、80年、90年を輪切りにして、夫々の時代に「比較優位の原則」を
盾に、例えば「比較優位のない自動車を日本で生産するのは不合理である」等々と云い立
てることが合理的主張と云えるだろうか?

要するに、「国際分業の原理」「比較優位」に基づく農業不要論は、初めに「農業は不要だ」
という議論ありき
で、それを国際分業論で尤もらしく装っているに過ぎない。
農業不要論そのものについては、「耕す生活」で05/04/23から書き始めた「日本に農業
いらないか」(参照)で、シリーズで考えてみた。
都村長生氏の「世界一高い土地で世界で一番高い人件費をかけて、世界で一番付加価値
の安い農産物を作ってビジネスが成立するはずがない

という議論を対象に取り上げたが、これは基本的に比較優位論を地代、労賃、付加価値に
分解して言い換えたに過ぎない。
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by agsanissi | 2007-12-06 07:06 | 考える&学ぶ
2007年 12月 05日

積雪

△1.8/2.3度、日照0.4時間、降雨量には記録されないが雪がチラチラ舞う。

3日は夕刻まで雪で終日畑には行かず。4日は午前中生協会員と豆腐作り(久慈市)、
午後は会議でこれまた畑に行かず。今日、三日ぶりに畑に行ってびっくりした。まるで
別世界のようだ。

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本村の雪は、3日の夕刻には霙風に変わり、積雪も数センチ、4日の午後には雪は殆ど消え
て、日陰に僅かに残雪が残っているだけになっていた。
昨日の会議前にも、
「大根は大丈夫だった?」
「雪に下に埋もれて、却ってそれが幸いして何とか大丈夫じゃないか」
などという他人の会話を、「雪に埋もれて??」などと余所に聞いていた。
道路を、一歩脇に入ると、15-20センチはあろうか?
この時期に、こんな積雪は初めてだ。一瞬、真っ白になっても、翌日には消えてしまう。
クリスマス前の雪は、そんなもので、本格的雪は年末以降と相場が決まっていた。

c0048643_2083986.jpg5-6日前に不耕起播種にしようかと考えていた
小麦の予定地も、上記の写真のように変わって
しまった。
雪の上から強行するか、消えるのを待つか?
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by agsanissi | 2007-12-05 20:14 | 気象/季節メモ